カーブミラー

暗心暗全

カーブミラー

  ――やってやる! だから本当なんだよな! 本当に帰ってくるんだよな

 「ああ、また、夢か。帰ってくるんだよな……こむぎ」

 ベッドから暗い天井を見つめた。

 真っ暗な部屋にスマホのアラームが鳴る。園川静希そのかわしずきは枕の横に手を伸ばし、手探りでスマホを探り当てるとスワイプして音を止めた。目が覚めていたので、ベッドからすぐに出て明かりをつけた。

 机のデジタル時計に目をやる。時刻は深夜1時。その横には愛犬のこむぎの写真が置かれている。

「散歩の時間……か」

 小学生のころから続いた散歩の習慣は途絶えていた。散歩を始めたのは犬を飼い始めたのが理由だったからだ。愛犬がいなくなり、散歩の習慣は消えてなくなった。気持ちの落ち込みあったが最近は持ち直してきた。

 買ったばかりの上下黒のジャージに着替え、クローゼットを開ける。祖母に供養のためだといって手に入れた一升瓶を取り出す。わざわざ新聞に丁寧に包んでくれていた。オマケに両親にも内緒にしてくれている。リュックにそっと入れたが、ビンの口がはみ出した。ギリギリまでファスナーを閉めて、リュックを背負って家を出た。

 全身にべったりと熱を帯びた空気がまとわりつく。夜になっても真夏の暑さは冷めることがない。住宅街を抜けると、大きな神社の横を通る。その時声を掛けられた。

「園川?」

 声のほうを向くと、そこいたのは巫女姿のクラスメイトだった。

島雲しまぐもさん……」

「園川、もしかしてこれから見に行くの? 配信者が集まって心霊配信するんだってね。どうして急にネットでさ、あそこに幽霊が現れるなんて話が広まったんだろうね」

「そ、そんなこと言われたって知らないよ」

「だよね。最近さ、暗いじゃん。何かあった?」

「そうかな」

「私も行こうかと思っていたところだから、一緒にいこうかな」

「だめだ!」

 静稀のひときわ大きな声が夜に響いた。

 その語気に島雲は後退りをする。

「ごめん。絶対に行っちゃだめだ」

「わ、分かった……それなら、園川もいっちゃだめだよ」

「僕のことは放っておいて」

 静稀は足早にその場を去った。

 しばらくして、こむぎが消えたあの道にきた。

 十数人の人影が見える。

 その中の二人組の男が近づいてきた。

「君さ、学生?ここ通学路? お化けみたことある? おい、聞いてんのか?」

「無視かよ。めっちゃくっらっ。こいつがお化けみたいです。みなさん! お化け見つけました!」

 静稀は俯きながら黙って歩き続けた。

「返事くらいしろよ。お化け退治だ、そらっ!」

 ドンッ。

 すれ違いざまに男の一人から肩を殴られた。怒りを表せば彼らは笑うと静稀は思い堪える。

「なんもいってこねえ。面白いの撮れると思ったんだけどな。やり返して来いよ」

 罵声を浴びせて元の集まりへと戻っていった。

 「あいつらで本当に良かったや。罪悪感のひとつ、湧いてこない」

 カーブミラーの前で止まる。静稀はリュックを地面に下ろし、新聞を引きちぎって清酒の口を回す。そして、清酒をさかさまにしてコンクリートに流した。垂れた清酒はクネクネと、まるで蛇のように地面を這う。

「この道をお通りください。道にいるものたちは供物でございます」

 園川は夢の中で教えてもらった言葉を唱える。

 カーブミラーは黒く染まり。その暗闇の先。話声と足音がミラーの中からこちらに向かってきた。次の瞬間、雹のように次々飛び出した。電柱より巨躯のもの。ワニの口を持つもの。バス程のムカデの体に人の顔を持つもの。様々な者たちの中に静稀は目を奪われていた。無秩序にうごめく化け物の中に一人、少女がいた。彼女を中心に数メートルには化け物たちは近づかなかった。そして、胸のあたりには犬を抱いている。

「こむぎ!」 

 艶のある長い黒髪。心を見透かされそうな瞳。夢の中で静稀に何度も儀式の話をした彼女だった。

 配信者たちは溢れ出た化け物がひしめく中に連れ込まれ、叫び声だけが聞こえる。

 そんな時、エンジン音が聞こえた。

 静稀は辺りを見渡す。

 化け物が進む夜の道に。異質な人工音。

 「園川。どけっ」

 ドカ。

 静稀は蹴り飛ばされ、地面にたたきつけられた。

 その瞬間。バリバリギィギィギィ。火花が散る。滝のような火花だった。

 カンッ、カラン、カラン。

 カーブミラーは根元から切り落とされて、化け物たちはその瞬間、消えた。

 こむぎもいない。どこにも。

「園川」

 倒れている静稀の横に大きなチェーンソーを持った島雲が立っている。

「なに‥‥‥」

 目に涙を溜める静稀は声を震わせていった。

「お化けに操られやがっって」

「こむぎに会いたかったんだ!」

「あっそ。どうでもいいけど、首のところに値札ついてるから、じゃあね」

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