エピローグ 恋愛の殿堂

 藍野は再び現実に戻る。今度はいつも通りのカフェではなく、初めて彼女と出逢った公園に戻った。


「藍野さま……私たちはさまざまな愛を届けましたね」


 むかんちゃんの声がベンチから届く。藍野は灯先生が調べてくれた真相を思い出す。


「むかんちゃん……」


 少年はただその隣に座り、彼女の瞳を見つめる。もしかしたら、むかんちゃんの正体をわかったかも。と藍野は気づいた。


「藍野、さま?」

「そうだ……恋愛の殿堂が残っているだろ、どうするつもり? むかんちゃん」

「そうですね……」


 耳元で伝えられた先生の言葉が、脳に響く――。


『愛之殿堂の主の人は、長きの磨耗まもうで感情を失う。失った感情はある場所に留まることになる。その場所とは、その人自身の――前世の暖かな夢境にある』


 ようやく、藍野は目の前の少女の正体を気づいた。

 どれだけ苦しい錬磨れんまを耐えたのか。

 前世の記憶を思い返そうとがんばってきたか。

 なぜ彼女は古式の和服をそんなに愛着しているのか。

 なぜ友情愛の前に、そこまで気持ちが高揚していたか。

 そしてあの賑やかな青い玉も、なぜ彼女が置き忘れたのかも。


 ようやく、彼は気づいた。


「ところで藍野さま……私の新しい名前はお決まりでしょうか?」


 藍野は失笑する。名前なんかひとつでいいだろ、心の中でつぶやく。


「もう――『リリー』でいいでしょ」


 少女もその返答に満足したようにほっと息を吐く。そしてめずらしく顔に微笑みが浮かんだ。


「ふふ。お気づきのようですね」


 藍野はじっと彼女の姿を、視界から離さないように見つめる。

 夜空の月が見え、そよ風が二人を抱擁ほうようする。ゆれおどる銀髪とともに、彼女から薔薇ばらの香りがただよう。

 月光げっこうが乳白色の肌を照らす。小さな顔の頬に赤みが浮かぶ。彼女の端正たんせいな姿は、あの愛しいリリーの面影と重なる。

 その深紅しんくの瞳を見つめ、彼女はゆっくりと唇を開けた――。


「約束通り――今世こんせいこそ、私たちだけの殿堂を、つむいでくれませんか?」




 ――物語が終わる。

 長きに渡った『愛』の物語。

 貧困を抜ける犠牲、思いに満ちた家族愛。

 戦乱で今にでも繋がる二人の小さな友情愛。

 旅路に足を踏む少女に灯りを照らす師弟愛。

 そしてあの残酷な戦争を越えて、錬磨と磨耗を耐えた代理人は、ようやく心の求める人と結ばれる。

 その高貴なる愛、すなわち恋愛の殿堂。

 体が消え、身が滅びても、愛は永遠に消えぬ。

 愛は継承され、また次に生気を受け渡す。

 君にも愛を感じるとき、きっとまた発現する。

 君が何度も見届けてきた、あれが。


『ようこそ、愛之殿堂へ。』

 ――愛之殿堂の代理人からの贈り物。

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ようこそ、愛之殿堂へ。 雪方ハヤ @fengAsensei

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