偽物はホンモノを呼ぶ

田月

短編 偽物はホンモノを呼ぶ

「なるほど。なるほど。ご自宅で奇妙な物音や気配を感じられると。それはそれは大変ですねぇ~」


「そうなんです。毎晩、毎晩、毎晩、毎晩眠れなくて困ってるんです。そんな時に、こちらの田中霊媒師事務所の広告をインターネットで見つけて。ホントに、ホントに藁にも縋る思いで伺ったんです」


「それはそれは大変ですねぇ~」


 本当に話の上手な男だ。先ほどからこいつはほとんど「それは大変ですね~」としか言っていない。しかし霊やお化けという非科学的なものを、こんなに胡散臭い霊媒師事務所なんかに、来るほど信じている人らからしたら、こんなに適当な相槌でも共感してもらえたと、嬉しくなりさらに深く信じ込んでしまう。霊より遥かに恐ろしい男である。


「安心してください。この事務所には私を含め、優秀な霊媒師が多く在籍していますから。なっ」


 田中が僕の方をいきなりグリンと向く。顔に張り付いた笑顔は、僕に脅迫をしてくる。仕方なく僕は軽い会釈をする。田中は少し不満げな顔をした後、お客の方に向きなおす。顔面にはもう一度笑顔が張りなおされている。


「では料金のお話なんですが……」


 これ以降は毎回聞かないようにしている。自分が合計何億円規模の詐欺まがいの片棒を担がされているかが、何となく分かってしまうからだ。


「お茶を淹れてきます」


 適当なことを言って席を外す。フッと視界に入った事務所の窓の外の街には、道行く人間と同じくらいの数の幽霊が見えた。





 車内で今回の依頼の内容を田中から聞く。うちの事務所の仕事内容は主に二つある。一つは悪霊の除霊だ。これはとても真っ当な仕事である。家や人に取り付く悪霊を祓う仕事だ。しかしこういった仕事は滅多にない。そしてもう一つは、悪霊に見立てた普通の霊の除霊である。こっちがうちの本業であり、詐欺一歩手前の偽物の仕事だ。霊障を疑い霊媒師を頼る人の大半は、思い込みや気のせいが幽霊の正体なのだ。なので現地に行き、普通の霊を祓い「悪霊はいなくなりました」と一言言えば大方解決する。田中からはよく「普通の霊を祓う必要は無い」と言われるが、これすらしなくては本当にただの詐欺になってしまう。霊は元来成仏を願っている者たちなので、自分の中の罪悪感を少し薄めるため普通の霊を代わりとして祓っている。


「おい話聞いてんのかよ」


「あっ、すいません田中さん」


「しっかりしろよ。こっからが大切な仕事ショーで、客がリピーター金づるになってくれるのかの正念場なんだからな」


 相変わらずの銭ゲバっぷりだ。こいつは霊が見えない癖に霊媒師を名乗り、僕をあごで使っている。「多くの霊媒師が在籍」なんて調子のいいこと言ってるが、社員は田中と僕のたったの二人だけ。霊媒師にいたっては僕一人である。


「田中さん今回の依頼って…」


「ああ、多分思い込みパターンだろうな」


 僕はハアーとため息をつく。今回の依頼は、家に出る霊の退治である。依頼者は、家のすぐ横にある溜め池で溺れて死んだ人の霊が、原因だと考えているそうだ。ため息の原因は、この場合は大体が後者の仕事をすることになるためである。溜め池は確かに一度入ると、這い上がりずらい構造になっており、溺死する人は、子供などを中心として多い。しかし悪霊は人に恨みを残したまま死んだ人が、成仏しきれずになる霊である。つまり溺死が原因の霊が悪霊になるのは、他人に沈められた時くらいのもので、滅多にないケースである。





 現場について、家や溜め池周辺を回ってすぐ分かった。僕の勘は外れていた。溜め池には悪霊が一人だけいた。一部から出血した顔を向けて、性格が悪そうなニヤッとした笑顔でこちらを見ている。どうやって僕らを怖がらせてやろうかと考えていることだろう。悪霊はスーツにグラサン、ジャラジャラとド派手な数珠を身に着けていた。おそらくこの溜め池は893そっち系の人を沈める場所として使われたのだろう。現在進行形で使われているとは考えたくない。僕は幽霊やお化けなどの類は慣れっこだが、そっち系はひ弱な僕からしたら霊の何倍も恐い。


「ヒ~、恐え~」


「おい、何かいたのか?」


「わっ、びっくりした。田中さんか」


「なんだよ。今さら幽霊なんて怖かねえだろ」


 田中は溜め池内の、悪霊たちと似たような胡散臭い風貌をしていたため、見間違えてしまった。


「聞いてくださいよw。悪霊が田中さんと似…」


 笑いながら報告しようとしたが怒られそうなのでやめた。田中はそっち系に間違われることを、ひどく嫌った。理由はこんな商売をしている人間は、元々その道を行っていたが、様々な理由で縁を切られた者が多くいるからだ。田中もその一人だった。


「はい、悪霊がいました。二人とも勘が外れましたね」


「おおそうか。ちゃんとっとけよ」


 田中は報酬のことしか考えていないので、実際に悪霊がいるかどうかなんてどうでもいいのだ。


「しかしあれだな。本当にいたなら尾ひれつけて噂でも流して、ここらの住人全員にリピーター金づる様になってもらうのもアリだな。『この溜め池には強力な悪霊が取り付いていて、年単位でお祓いしないと、とんでもない祟りが来る』ってな」


「いつも言うやつですね。嫌ですよ僕。『偽物はホンモノを呼ぶ』ですよ。根も葉もない噂話でも、気づいた時には、手の付けられないような悪霊が住み着きますよ」


「それはおまえがよく言うやつだな。いったい何なんだそれは?」


「これは僕と同じように幽霊が見えた祖母が、いつも言ってた言葉です」


「はあ~、そうかい」


 田中は興味無さそうに、相槌を打ち依頼主の家の方に歩いて行った。生前が何者だろうと、霊となれば大差はない。僕はいつも通り悪霊を祓い、田中の後を追う。





「ホントに、ホントにありがとうございます。これで今日から安心して眠れます。これは今回の謝礼です」


 これは驚いた。前代未聞の分厚さの茶封筒だ。今回いくらでの依頼だったのかは知らないが、間違いなく過去最高額だろう。


「ありがとうございやす」


 この時ばかりは、田中の笑顔は張り付いたものではなかった。


「実は…私田中様方にお話ししてなかったことがあるんです。あれは6年前です。私には小さい、小さい子供がいました。でも子供は、私が目を離したスキに溜め池に…」


「…………」


 僕は言葉が出なかった。この手の話は、霊媒師をしていると時々聞く話だが、何度聞いても慣れるものではない。


「もしかしたら自分を守れなかった、私を恨んでいるのかもしれません…。溜め池にいたのは、小さな男の子でしたか?」


「い…」


「はいそうでしたね」


「いいえ」と言いかけた僕に被せて、田中がそう言う。


「そうでしたか。息子さんのことは大変お気の毒です」


 僕は何も知らない癖に、適当言う田中を睨んだ。そこからは軽いセールストークが始まり、田中は先ほどコンビニで印刷してきた、お札モドキを買わせていた。僕は何も見ていないふりをして、家を出た。





「ちょっと依頼主に何適当言ってるんですか。溜め池にいたのは、強面のおっさんでした。第一田中さん悪霊見えてないでしょう」


「ああ~真面目だな、お前は。依頼者には霊がいたのか、いなかったのかすら分かんねえんだ。どんな霊がいたのかなんて、到底分かりっこねえんだよ。それなら依頼者が納得するように、適当に話合わせとけばいいんだよ」


 懐が温かくなって、ご機嫌な田中が答える。なんだかなぁと思って目を閉じる。僕はばあちゃんの言葉を思い出した。





 あれから数日僕たちは同じ道を車で走っていた。


「田中さんなんでまた、あそこに向かってるんですか」


「いやなんかよ『まだ幽霊がいる気がする』って依頼主から電話があってよ。お前まさかミスったんじゃねえだろうな」


「いやそれはないっすよ。悪霊は一人だけでしたし、成仏するいくところはちゃんとこの目で見ました」


「まあ霊については俺は分かんねえけどよぉ」


 ぶつぶつ小言を言いながら田中は運転する。あの日の帰り道とは随分違う。しかし僕も不思議だった。あの日僕は依頼主の言葉を聞いた後、家の中や溜め池の周辺を念入りに再度確認してから帰った。人に危害を加えるような、悪霊を見逃すはずがない。





 依頼主の家の周辺に着くと、田中に指示されて溜め池の周辺をもう一度見に行った。やはり悪霊はいない。ただ気になっていることが一つある。依頼主の息子の霊はどこに行ったのだろうか。ここら一帯には悪霊もいないが、男の子の霊も見かけていない。そんな事を考えながら家の近くに戻ると、田中が依頼主と溜め池のすぐ傍で話をしている。


「今回はすみませんでした。うちの除霊方法に不手際があったみたいでして…」


「………」


 そんな田中の言い訳が聞こえてくる。しかし依頼主は未だ黙って下を向いている。


「お前からも何か言えよ」


 田中が僕に迫る。


「誠に申し訳ごっ」





 バシャーン





 何が起こったか分からなかった。僕が口を開いた瞬間、僕と田中は依頼主に溜め池に突き落とされた。


「何すんだよクソアマ


 田中が敬語を忘れて怒鳴った。


「……また偽物だった、また偽物だった、また偽物だった、また偽物だった」


 女がまるで呪文のようにそう繰り返している。流石の田中もヒッと声が出ていた。


「お前ら私に嘘ついたな」


「な、何が嘘だよ言ってみろ」


「やっぱり偽物の嘘つきの私じゃ、お前たちみたいな嘘つきの偽物しか来ないのか」


 意味の分からない言葉を女は、下を向いたまま口走る。


「どうせお前らはここから帰れない。偽物のお前らにも最後に教えてやるよ。偽物の私の嘘を」


 その間田中は必死に、岸に登ろうともがく。しかし溜め池の構造上少し登っても、ズルズルと元の場所に戻ってくる。僕は不思議ともがく気にならなかった。


「私はお前らに、子供は自分から溜め池に落ちて、死んだと言ったがあれは嘘だ。ホントはまだ言葉もろくに喋れないあいつが、私に物を投げてきやがった。怒鳴った私の声を聞いてあいつは泣き出した。泣いて、泣いて、あまりに泣くもんだから私は腹が立って溜め池に放り投げてみたんだ。そうすると最初は今のお前らのように喚いてたが、しばらくしたらピタッと音が止んだんだ。確認しに来てみるとあいつはきれいさっぱりいなくなってた。私は、心底、心底、心底、心底、嬉しかった。でもここからが問題だった。眠ろうとすると、あいつの声が頭の中にいつまでもいつまでも響くんだよ。ギャーギャー、ギャーギャー響くんだよ。だから私はあいつが幽霊になって私に嫌がらせをしてるんだと考えた。それから今まで何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、霊媒師やら霊能力者だのを呼んでみたが、全員『もう大丈夫』って言った癖に頭からはあの声が消えねえんだよ」


 依頼人はせきを切ったように喋り続ける。田中はもがくのをやめて、横でぶつぶつと念仏を唱えている。相手は生身の人間だから何の意味もないのに。


「でも本当にこの辺りには子供の幽霊はいませんでした。それにその位の歳の子は、悪霊になるほどの強い恨みはまだ残せない」


「黙れ、黙れ、黙れ。あの日お前たちは、子供の霊だったと言っただろう、言っただろう。今までのあいつらも、溜め池に突き飛ばしてやったら急に言うことを変えやがった、変えやがった。もう嘘つきの偽物にはこりごりだ」


 そういうと依頼主は上を向いて、大きめの石を両手で持ってこちら目がけて振りかぶる。初めて依頼主の狂気じみた目が見える。


「やめ…」


 田中がそう言った瞬間、石が依頼主の手を離れる。僕は思わず目をつぶった。





 僕はゆっくりと流れる時間の中で、あの胡散臭い見た目の悪霊がニヤリ顔でこちらを見ていたこと、最初の僕らの勘は当たっていてこの仕事はやっぱり後者だったこと、色々なことに合点がいった。そして最後におばあちゃんの顔が思い浮かんだ。僕はいつの間にか、偽物になってしまっていたらしい。目を開けて僕は最後に呟いた。


「これはホンモノだ」


 ゴンッ





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