第5話 バザールのざわめきと新たな旅立ち

結局、提示された価格で契約書にサインをした。

「ま、高く売れるってんなら、いっか」

そう呟くと、店主が持ってきた記憶転写の装置に、ペンダントを読み込ませる。


僕自身に冒険の記憶はすでにないはずだが、脳裏から冒険の記憶が抜き取られていくような、さらさらと抜け落ちる感覚があった。


その記憶は液体へと溶けだし、ペンダントは透明な色に戻った。

記憶が抜け落ちたペンダントは店主の元へと渡り、代わりに現金の袋のずしりとした重さ。

慣れっことはいえ、ドキドキする。


「さぁ、職人の出番だね」

店主は隣の店員に声をかけ、店員はお盆にのせたそれを裏の工房に運ぶ。


この液体は日持ちを良くするために加工され、透明感のある宝石のような砂糖菓子となる。色もその冒険によって違いがあり、実にカラフルだ。

時折、クラックやモヤが入るものも宝石に似ているとされ、むしろ珍品として高値で取引されることもあった。


この菓子は、口に入れると溶ける間に記憶が味わえるのだ。まるでその冒険を追体験するかのように、安全な場所にいながらにして「冒険のおいしい記憶」を楽しむことができる。



翌日僕はいそいそと「バザール」へ向かった。

アークとも待ち合わせている、そろそろ昼飯の時間だ。


昨日、記憶を売った男が、幸運の猫の尻尾日和と言っていたが、本当にそんな気になるような、秋らしく空が高く気持ちがいい天気。


まだ時間があるから、露店を冷かして回ってみよう。

冒険の記憶の砂糖菓子を売っている店も並んでいる。


露店には色とりどりの記憶の菓子が並び、通りを歩く人々が楽しそうに品定めをしている。

「今日のストレス発散に、ちょっとした冒険の夢でも買うか!」

労働者風の男が、真っ赤なそれを手に取り、嬉しそうに呟く。きっと炎の竜と戦う冒険者の記憶だろう。


「あら、これは素敵!美しい花畑を巡る冒険の記憶よ。旅に行けない私にはぴったりだわ」

「あたいは、こっちの海の冒険のもらうよ!」

この地方では見慣れない帽子の女性が、鮮やかな色彩の砂糖菓子を買い上げ、大事そうに抱きしめた。


子供たちは、目を輝かせながら英雄の記憶をねだっている。

「英雄シグマの記憶、限定10個!勇気と正義をその手に!」

そんな呼び込みの声が響く。

これらの店は、観光客にも人気が高いようだった。


中には「大人の冒険、夜のサキュバス村での一夜…」と、ひっそりとした紫の看板の店もある。

僕はちらりとその店を眺めた。

だいたいが、妖魔との艶っぽいあれこれが体験できる記憶を取り扱う店なんだ。

サキュバスの村、妖魔だけが住む夢幻のダンジョンなんかのね。


後はね、温泉もの。湯けむり旅情温泉、秘境のジャングル風呂。

いいよね、温泉!

まぁ、結局、のぞき見、混浴目当てなんだけどさ。


これらムフフな冒険の記憶は需要が高く、売値も高い。

ゼットもそれなら自分もと考えてみたことはあるらしいよ。


聞いた話によるとね、相棒のアークは遠慮するといい、自分だけで他のパーティーに参加したそうだ。

僕の中にも、ひどい目にあったという記憶だけは残っている。

実際に何があったのかは、記憶を売ったため覚えがない。


記憶を売らなかったパーティーメンバーの一人は「いい目にあった、しかし…」と言い残し、故郷へ帰っていった。彼の目は赤く濁っていたらしい。


そんな感慨にふける僕の耳に、どこからともなくこんな噂話が聞こえてきた。

「幻のミルナットの財宝の記憶、あれはすごい価値らしいな。なんでも王城に献上されたとか、されないとか…」


僕はその言葉にピクリと反応した、けど、どうせいつものガセネタだって思った。

そして、お昼ご飯何食べようかってキョロキョロしたよ。

あちこちの屋台から食欲そそる匂いが漂ってくる。


「へへ、それにしても腹減ったな。アーク、遅えなあいつ。あー、誰かおごってくれないかな」

アークがやってきた。

「今日はいい天気ですね、私にはまぶしすぎる、バザールではなく、いつもの食堂にしませんか。さぁ、いきましょう」


「しかたねぇなぁ」

僕らは陽光が降り注ぐバザールの中を食堂へと歩き出した。



そして、僕は何時間もしないうちに、なじみの食堂であの瓦版のニュースを聞き、絶叫する羽目になるんだよ。


まさかあの地図が本物の宝の地図だったなんてね。

それがわかっていたら、あの記憶もっともっと高く売りつけることができたのに。

儲けそこないもいいとこだ。



この出来事の後、1週間もたたないうちに僕らはまたクエストの旅に出ている。

行先は、豊かな穀倉地帯、ハーベルナだ。


僕としては次の旅先は、アークの故郷がいいんじゃないかと提案してみたけど、彼は今回は遠慮しましょうと言って、このクエストを選んだんだ。

報酬金、獲得経験値は低いが、まぁアークから提案されるなんて珍しいしな。


「わかった、ハーベルナで決まりだ!」


クエストの内容は、幻の酒の作り方をハーベルナ奥地の山脈の村にて調査すること。

何でも独特の発酵方法で作られるらしいよ。

あの地方は他にもヨーグルトなんかの発酵食品も有名だ。


「ハーベルナっておいしいものがいっぱいあるんだよな!」

「そうです、小麦の産地でもあるので、粉物料理も発達していますよ」


もしかしたら、肉まんなんかにも出会えたりして。

僕は思わずにんまりした。


何もかもお見通しと言ったアークにはしゃくがさわるけど、素直にお礼を言った。

「ありがとうアーク、僕の夢、覚えててくれたんだね」


ハーベストへの道も平たんなものではない、オークやゴブリン、追剥に盗賊といった奴らを僕らは軽く蹴散らしていく。


相棒よろしくな!そばにいてくれよ!

僕は心の中でつぶやき、ハーベストへの旅を続けている。

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元悪役令息、冒険の記憶を売って異世界で稼ぎまくる!? チャイ @momikan

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