第2話 娘さんは幸せ者じゃて。神様に選ばれたんじゃよ。
露店に、木彫りの子兎を返すべきなのを、ナナちゃんが嫌がって、家に持って帰りたい、と言い出しました。
その結果、お父さんが強引に、子兎を持って帰りました。
そして、その日の夜ーー。
就寝前に、ナナちゃんが行方不明になってしまいました。
ナナちゃんのご両親は、数少ない縁者とともに、朝まで方々を探し回りました。
ところが、どこを探しても見つかりません。
これでは、新規商店を立ち上げるどころではありません。
ナナちゃんのお父さんもお母さんも、すっかり打ちひしがれてしまいました。
それでも、翌朝早くに、一筋の希望がもたらされます。
疲れ果てて眠ったお母さんの夢枕に、娘のナナちゃんが泣いて現われたのです。
『お父さん、お母さん、子兎を神殿に返して。
誰にも渡してはいけないの。お願い』
お母さんの訴えを聞いて、ナナちゃんのお父さんは半信半疑ながらも、再び神殿に向かいました。
参道に差し掛かるところで、露天の爺さんが待ち構えていました。
「娘が神隠しにあったんじゃろ?」
得意げに鼻を鳴らすお爺さんに、お父さんは気後れするばかり。
「どうして、それを?」
「夢のお告げよ」
ナナちゃんのお母さんは、お爺さんに
「娘は、今、
お爺さんは、
「神のみぞ知る、じゃ」
と上機嫌に
「どれ、儂も一緒に参拝に行ってやろう」
と言い出しました。
今度は、ナナちゃんのご両親が、お爺さんに押し切られる番でした。
七歳のお祝いで参拝する日は昨日で終わっており、参道は閑散としていました。
神殿への道すがら、爺さんはニタニタ笑い通しでした。
「神罰が下ったんじゃ。
捧げ物を儂の店に戻さず、家にまで持ち帰ったからじゃ。
神様から許してもらわないと、娘は戻らんよ」
神殿内には、人っこひとりいません。
あれほど高く積み上げられていた兎の山も、今はありません。
とりあえず、両親は家から持ってきた白い子兎を、供物棚の上に置き、神殿に捧げました。
静寂の中、両親が手を合わせます。
「娘を返してください」
と、祈りながら。
そして、お母さんが、子兎を供物棚から取り戻そうとします。
「待て!」
いきなり、お爺さんが怒鳴り始めました。
「そんなんじゃ、駄目だ。
昔のやり方に沿わなければ!」
爺さんは
嫌な予感がしたのでしょう。
お母さんが叫ぶ。
「やめてください。
あなたは神殿の人じゃないでしょう?」
「うるさい!
儂のウサギじゃ!」
お爺さんが、強引に白兎の腹を割きました。
そのときーー。
「きゃあああああ!
痛い、痛い!」
娘の声が、お父さん、お母さんの耳に、はっきり聞こえました。
ナナちゃんのご両親は、おじいさんを跳ね
「ナナちゃん! ナナちゃん!」
と娘の名前を呼びました。
けれども、返答はありませんでした。
やがて、木彫りの白兎が、パカッと真ん中から割れてしまいました。
中から、血のような、真っ赤な液体が流れ出たそうです。
結果、ナナちゃんのご両親の手が、
呆然とする若夫婦を見て、爺さんはニタリと笑いました。
「娘さんは幸せ者じゃて。
本当の意味で、神様のいけにえとなった。
神様に選ばれたんじゃよ」
そう言って、自分の店に戻って行きました。
翌年、爺さんの店には、子兎ではなく、一体の白い木彫りの人形が置かれてあったそうです。
(了)
神殿への捧げもの 大濠泉 @hasu777
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