第8話 「月のひかりと秘密」

 部屋のカーテンの隙間から、やわらかな月の光が差し込んでいる。

 灯りを消したあとの部屋は、ほんのりと青白くて、まるで世界が一枚の薄いフィルムに包まれたようだった。


 沙月はベッドの上で小さく丸くなって、ぼんやりと天井を見つめていた。

 眠れないわけじゃない。

 だけど、眠る前に何か心が語りたがっている気がして。


 ふと、机の方へ目をやる。

 あのノートが、今日も変わらずそこにあった。

 手を伸ばしてページをめくる。紙の匂いが、なんだか懐かしく感じる。


 ——「月のひかりって、誰にも怒らないよね。静かで、ただ見ててくれるだけ」

 ——「本当の『大丈夫?』は、言葉じゃなくて、隣にいてくれることだったりする」

 ——「声に出せない秘密があるから、人は優しくなれるのかもしれない」


 月の光は、やさしい。

 触れられないのに、包まれているような気がする。

 沙月は静かにノートを抱きしめる。

 あの頃の自分も、今の自分も、きっとこの光に見守られていたんだ。


 ——「本音を言えない夜がある。無理に言わなくていい。ただ、自分の心には嘘をつかないで」

 ——「どんなに遠く感じても、心が繋がる瞬間はちゃんとある。わたしはそれを信じてる」

 ——「がんばってない日も、ちゃんと息をしてるだけで十分すごいことだよ」

 月の光がページに落ちて、文字の影をつくっていた。

 その影さえも、どこか優しく見えた。


 沙月は、ペンを取り出すと一行だけそっと書き足した。

 ——「ひとりで抱えた秘密も、月は知ってる。大丈夫、ちゃんとあなたを見てるよ」

 それから、ノートを閉じて目を閉じる。

 月の光は、何も言わないまま、そっと沙月のまぶたの上に降りてきた。

 おやすみなさい。

 あなたの秘密が、誰かに否定されることのない世界でありますように。


 ✦あとがきのようなもの✦

 言葉にできない思いがある夜は、空を見上げてみてください。

 月は、何も言わずにあなたを見守ってくれます。

 この物語もまた、そんな小さな光になれたらと思います。

 どうか、あなたの夜が静かにやさしく過ぎていきますように。

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夜を紡ぐ言葉たち 彩原 聖 @hijiri0827

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