第7話 「しおりを挟んだ朝」

 夜が静かに終わるころ、窓の外がうっすらと青くなっていた。

 カーテンの隙間から差し込むその色に、沙月はふっと笑う。

 ——昨日の自分が書いた一行は、まだ胸の奥で温かかった。


 顔を洗う水の冷たさが、体の奥まで目を覚まさせる。

 鏡の前で髪を整えながら、彼女はノートの最後のページを思い浮かべた。

 「夜が静かだから、心の声がよく聴こえるの。だいじょうぶ、それでいい」

 あの言葉は、今朝も背中を支えてくれている。


 駅へ向かう道には、夜の名残のようなひんやりとした空気が漂っていた。

 踏切が鳴る音、ホームに近づく足音、遠くから聞こえてくるアナウンス。

 列車がゆっくり入ってきて、ドアが開くと、温かい空気が流れ込む。


 車内の窓から差し込む朝日が、向かいの席の誰かの頬をやわらかく照らしていた。

 昨日の夜に拾った優しさは、こうして誰かの中にもあるのだろうと思う。


 カタン、カタン。

 線路のリズムに揺られながら、沙月はスマートフォンを取り出し、短く打ち込む。


 ——「おはよう。今日もいい日になりますように」


 送信ボタンを押すと、胸の奥が少し軽くなった。

 夜に書いた言葉が、朝に渡されて、昼へと続いていく。

 まるで昨日の物語の続きを、今日が引き受けてくれているみたいに。

 ✦あとがきのようなもの✦

 夜に守られた言葉は、朝になるとそっと羽を広げて、昨日の自分から今日の自分へと届きます。

 夜は終わりではなく、朝へ向かうためのやわらかな助走。

 もしあなたが今、夜の途中にいるのなら、そのぬくもりを胸に、朝の光の中へ出かけていけますように。

 そして電車の窓から見える景色が、今日を始める小さな勇気になりますように。

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