楽しい会話と曲がった首
猫科狸 千稀(かずき)
楽しい会話と曲がった首
変な奴だと思われそうだから、今まで人にはあまり話さなかったんだけれど。
怖いというよりは……なんて言ったらいいんだろうな。
何十年も昔の話だよ。小学生の頃の思い出話だ。放課後の思い出。寒い冬の日だった。
友達数人と、校舎で鬼ごっこだったかケイドロだったか、とにかく遊んでいたんだ。
おれが鬼だった。皆を探す役割だよ。廊下を周って隠れているだろう友達を探していた。
歩き回るうち、どこかから声が聞こえてきたんだ。こう、空間に響くような感じでさ。
そんなに大きな音でも無かったし、放課後だから聞こえたっていうか、周りに誰もいなくてシンとしてたから聞こえたって感じだ。
なんとなく人の声だっていうのは分かるんだけれど、それが男なのか女なのか、大人か子どもかは分からない。いつから音が聞こえ始めていたのかも分からない。内容なんて分からなかった。
まぁ、放課後になると帰宅を促す音楽とか流れることとか、そんなのがあったからさ。校内放送とかあるし、それだろうって思って、特に気にしていなかったんだ。
BGMとか流してて作業に没頭していると、音が頭に入ってこないことってないか?
ただ流れているというか、ただの環境音として脳が認識しているみたいな。
あのときは多分、そんな感じになってた。
それよりも大事なことは、早く皆を見つけ出すってことだったから。
それで、四階だったかな。
そこの長い渡り廊下で、身を縮めて固まっている皆を見つけたんだ。
「いたーっ!」て大声を上げてそいつらのもとへ全力疾走した。
そしたらさ、全員がめちゃくちゃ叫びながら逃げていくんだよ。
遊びって感じじゃなくて、もう顔をくしゃくしゃに歪めてさ。全力で逃げているんだ。
でも、ほら、おれも鬼じゃん?
鬼としての責務があるから、友達を捕まえるために必死で追いかけた。
とても楽しかったよ。そうやって走って追っかけて、うまく逃げたりするやつを捕まえるっていうパートが本番じゃん。おれも早く誰かしらを捕まえて鬼から降りたいしさ。
ただ、騒ぎ過ぎたんだな。皆は階段を駆け下りて、上履きのまま校庭まで逃げちゃって。
この世の終わりかってくらいあまりにも大声で泣き叫ぶもんだから校舎から先生が出てきちゃったんだ。
別の学年の怖い先生だった。
「何してんだ!」ってめちゃくちゃに怒鳴られた。
怒鳴られたとき、ほら、こんなに騒ぐから怒られたじゃないかって、友達にちょっとムカついてさ。
でも、少し考えてちょっとヤバいと思った。友達の騒ぎようがあまりにも凄いもんだから、 もしかして先生に勘違いされないかって思ったんだ。担任とかならおれら友達グループの仲を知っているだろうけど、違う学年の先生だし。
おれが嫌がる友達に意地悪してるとか、妙な勘違いされないかって心配になったんだ。
皆は口々に先生へ何かを訴えてたから、もちろんおれも訴えた。ただ遊んでただけです、変なことしてません、おれたち友達ですって。
そしたらさ、先生はなぜかおれだけ呼び出してきたんだ。「ちょっとおいで」って。
別に怒っている感じではなくて、むしろ優しい感じの口調だった。
皆から離れて校舎の入り口まで誘導されて、色々と話をされたけど、あんまり覚えていない。なんか雑談ぽい内容だった。学校生活はどうだ、とか、先生や友達とは仲良くできてるか、 とかそんな感じ。
おれは怒られるとばかり思ってたもんだから、なんか気が緩んじゃって。
で、色々話しているうちにふと気がついた。
だから先生に言ったんだ。
「何ですか、この放送」って。
いつの間にか大きく校舎内に響いていたんだ。誰かの話し声が。
おれはてっきり校内放送だとばかり思っていた。思い込んでいたんだ。
それを聞いた先生は「放送?」って、ちょっと顔をしかめてたけれど、優しく教えてくれた。
「あぁ……あれだ、放送とかじゃなくて。ほら、寒いと空気が冷たくなるだろう? でね、音ってのはさ、空気を通して耳に伝わるんだよ。日中は温かいけれど、放課後になったら寒くなるから、空気が冷える。それで日中聞こえていた音が後から聞こえることがあるんだよ」
先生は微笑んでいた。へぇーって素直に関心したことを覚えている。
で、皆はもう帰ったから君も帰りなさいって言われて、そのまま帰された。
「えっ」て思って校庭を見ると、皆おれを置いて帰っていたんだ。さすがにショックだったよ。
その翌日だ。学校で友達に怒ったんだ。なんで置いて帰るんだよって。
そしたら皆なんか、変な顔してて。申し訳ないというか、目配せしあってさ、言っていいのかな、みたいな感じ。
別におれ今まで嫌われてたわけじゃなかったし、なんで急にこんな仲間外れみたいなことされるんだって悲しくなって。恥ずかしながら泣きそうになったよ。
そしたらさすがに友達の一人が、口を開いてさ。
「ごめん。ただ、昨日は本当に怖かったんだ」って。
そいつが言うには昨日、皆で思い思いの場所に隠れていたんだけれど、なんか校舎中に響き渡るような大きな声が聞こえてきたんだっていうんだ。
「はは。それはおかしいよ。ははは」
みたいな感じで、誰かと話している声。
いくら放課後といえ、校舎中に聞こえるくらい大きな声って、まぁ凄い声じゃんか。
その声に聞き覚えがあったらしくてさ。
それが、おれの声だっていうんだよ。おれがずっと楽しそうに誰かと話している声だっていうんだ。
その会話がなんというか、意味不明で気持ち悪かったみたいでさ。「紐は弱い」とか 「高さと勢いが強い」とかもう意味分からなかったみたいで。
でも、おれと誰かは、意味が通じ合っているみたいに笑ってたらしいんだ。
気味悪くなって、友達皆で一度四階の渡り廊下に集まって、おれの様子を見ようとしたらしい。渡り廊下からは校舎内が見えるから。
その間も声が聞こえていたんだけど、友達の一人がふと、この声おかしいって思ったらしくて。
話す内容もおかしいんだけどさ。なんというか、演技臭いというか。
"無理して会話を楽しんでいる風”だなって思ったらしいんだよ。
気持ち悪いって思ったそいつが皆へそれを伝えたときに、
「アッ!」
近くから急に声が聞こえて。
声がした方向を見ると、もう嬉しくてたまらないって顔をしたおれが立ってた。
それでその後ろにさ、すごく、すごく首が長く伸びたおっさんがいたっていうんだ。
首は廊下の天井に当たってしまってて、くの字に曲がってたらしい。天井から見てくるそのおっさんの顔も、もう本当に嬉しそうに笑っていて。
「い、い、いた!い、い、いた!」
って下手くそな言葉を同時に言いながら、こちらに走ってくる。
それを見て、誰が言うでもなく、校庭に逃げたというんだ。
校庭に出るまでおれとおっさんがずっと追いかけてきたらしいけれど、先生が来たときにおっさんはいなくなっていたそうだ。
先生にそれを話したら、先生も声が聞こえていたみたいで声の主を探していたらしい。皆の訴えを聞いた先生が「先に帰りなさい」って言ったみたいだった。
で、このことを明日おれに聞かれても言うなよって。
そう、言っていたらしいんだ。
いや、ありえないだろ。なんだそれって思うじゃん。なんだよその化け物って。おれは一人だったよって。いるわけないだろうってさ。
でも、それを聞きながら、おれもあの日そういえば変な声聞こえてたなって思い出したんだ。校内放送と勘違いしていた、あの声をさ。
で、よくよく考えてみれば、先生が話していたあの「声が冷える」って話も意味分からないじゃんか。そんなことあるわけないだろ。
それに気がついたときに、もしかして先生、おれに気を使って嘘ついたんじゃないかって思って。でも、なんで、どうして、とも思った。
でもなんというかさ、怯えた顔でおれを見る友達の顔を見たらさ、もういいやって。もうこの話はなかったことにしようって思えて。この話をすることはもう辞めたんだ──。
っていう話。子どもの頃の思い出だ。意味が分からないだろ?
いいんだよ。おれだって意味分からないし。
一応その友達とはまだ仲は良いよ。最近からまた連絡をとりあって、集まるようになったし。
ただ、飲み会とかで集まったときにこの話をしたらさ、皆覚えていないんだよな。覚えていないっていうのか。なんか興味ないっていうか。
「あぁー、はは。でさ……」
みたいな感じですぐ別の話題になるんだ。
スルーされるっていうか、いや、覚えているのか覚えていないのか分からないんだよ。 嫌な思い出だから話さないとか、何かを隠しているって感じじゃなくて。
なんというか、本当にその話どうだっていい感じなんだよ。全員。
まぁ、それで、なんでおれがまたこの話をしようかって思ったかというと。
最近、夢を見たんだ。凄くリアルで、懐かしい夢。
あの日のこと。あの日の、校舎での夢なんだよ。
大人になったおれが、子どもの頃のおれと、皆を探して歩いているんだ。楽しくお話しながらさ。おれは大人のままで、この姿で廊下を歩いているんだ。
でもそれにしては、視線が妙に高いというか。もう廊下の上、めちゃくちゃ高いとこから吊るされたような感じで子どもの頃の自分を見ているんだよ。とっても楽しそうに笑う自分をさ。
な、もう分かるだろ。
そうなんだよ。
夢を見てからさ、おれも気がついて。友達が見たって話してたあれって、そうだったんだって思って。
その、おれ、最近色々上手くいっていなかったから。本当に悩んでて、ずっと悩んでいたんだよ。もう、逃げようと思ってた。全部投げ出してさ。もう生きている意味なんてないって思えて。終えようと思ってたんだ。
でも、結局辞めた。
その夢を見て、昔を思い出したんだ。
子どもの頃の自分と楽しく笑いながら話して、逃げる友達を笑いながら全力で追いかけて遊んで。楽しかった毎日をさ。
もう悩みとかそんなものどうでもよくなって。もっと肩の力抜いて生きようと思った。 そしたらなんか気が楽になったんだ。色んなことが上手くいくようになったんだよ。
だから、この話は供養だ。おれ自身の供養のために、誰かに話さなきゃって思ったんだよ。ある意味、感謝してる。
怪談作家なんだろ? 書いていいよ。むしろ書いて欲しい。おれも文章として読みたいし。
そして、いつだって思い返せるようにしたいんだ。また変な考えをおこしそうになったときにさ。
おれの体験した、この奇妙な話を。
楽しい会話と曲がった首 猫科狸 千稀(かずき) @nekokatanuki
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