最終話 私の青春
優斗くんへの恋心を自覚し、この感情に決着をつけることを決意してから数日。
私は、彼に想いを伝えなければ、この後悔と嫉妬に押しつぶされてしまうと感じていた。
たとえ彼に恋人がいたとしても、たとえ私の想いが届かないとしても、それでも、この想いを伝えなければ、私は前に進めない。私は、彼に振られることは覚悟していた。
放課後、私は意を決して、教室から図書室に向かおうとしていた優斗くんを呼び止めた。
「優斗くん、少し、話があるんだけど」
私の声は、少し震えていたかもしれない。
彼が不思議そうな顔で私を見た。
隣には橘さんの姿はない。ちょうど二人きりになれるタイミングだった。
私たちは、人気のない廊下の隅に移動した。
「どうしたの、莉乃」
彼の声は、いつもと変わらず優しかった。その優しさが、私の胸をさらに苦しくさせる。
私は、深呼吸をして、震える声で言葉を紡いだ。
「あの、優斗くん……私、優斗くんのことが……好きです」
私の言葉は、静かな廊下に吸い込まれていった。
彼の表情は、一瞬、驚きに固まった。そして、すぐに、困ったような、でもどこか申し訳なさそうな顔になった。
「莉乃、ありがとう」
彼の声は、優しかったけれど、その後に続いた言葉は、私の心を深く抉った。
「中学の時、俺は莉乃のことが好きだった。いつも明るくて、誰にでも優しくて、俺みたいな地味な奴にも話しかけてくれる莉乃は、俺にとって眩しい存在だった。でも、今になって思うと、それは憧れだったんだ。それを恋心だと思い込んでたんだと思う。」
「でも、今、僕にはとても大切にしたいと思える好きな人がいる」
彼が橘さんの名前を口にした瞬間、私の胸は、ズタズタに引き裂かれるようだった。
彼の瞳は真っ直ぐで、迷いがなかった。
その瞳には、橘さんへの揺るぎない愛情が宿っているのが、私にははっきりと見て取れた。彼の言葉は、私に、彼の心の中に橘さんがどれほど大きな存在であるかを、痛いほど突きつけた。
私の目から、熱いものがこみ上げてきた。
分かっていた。
振られることは、覚悟していた。
それでも、私の心は、バラバラに砕け散るようだった。
この痛みが、こんなにも深いなんて。
「そっか……そうだよね」
私は、精一杯の笑顔を作ろうとしたけれど、きっと歪んでいたに違いない。
「私、秋原くんの良さに気づくのが、ずいぶん遅かったみたいだね。中学の時、もっとちゃんと見ていればよかった」
私の言葉は、後悔と、そして、彼の努力を認める気持ちが混じっていた。
秋原くんは、困ったように私を見ていたけれど、これ以上、私を傷つけたくないという彼の配慮が、痛いほど伝わってきた。
「じゃあ」
彼はそう言って、私に背を向けた。
彼の足は、迷うことなく、図書室へと向かう。そこには、きっと彼を待っている橘さんがいる。彼の、大切な恋人が。
彼の背中を見送りながら、私の目からは、止めどなく涙が溢れ出した。
失恋の痛み。そして、彼への届かない想い。
私の心は、絶望と、後悔と、そして、彼らの幸せへの複雑な感情で、ぐちゃぐちゃになっていた。
私は、彼が私を信じ、私を支え、私を輝かせてくれたように、彼を信じ、支えることはできなかった。
私は、彼にとって、ただの「中学の同級生」でしかなかったのだ。
私の優越感は、完全に打ち砕かれた。そして、私の心に、これまでで一番大きな、深い傷が刻まれた。
しかし、その痛みの中で、私は初めて、自分自身と真剣に向き合うことができた。
私は、これまで何を見ていたのだろう。
真吾くんと付き合っていた時も、私は彼自身を見ていたのではなく、「クラスの中心にいる自分」という優越感に浸っていただけだったのかもしれない。
優斗くんに対しても、私は彼を「地味な男子」と見下し、上から目線で優しくしてあげることで、自分の存在価値を確認していただけだった。
橘さんへの噂を信じ、優斗くんに「深入りしない方がいい」と忠告した時も、私は彼を心配していたつもりだったけれど、本当は、彼らが私たちが築き上げてきた「一番」の地位を脅かす存在になるのが怖かっただけなのかもしれない。
私は、もう、クラスの中心にいることにこだわらない。
誰かの評価や、誰かと比較して優越感に浸るような自分は、もう嫌だ。
私は、私の自身の力で、私自身の幸せを見つけたい。
放課後、私は一人で教室に残った。
以前は真吾くんと、あるいは友達と一緒だったけれど、今は一人でいることに、以前のような孤独は感じない。
むしろ、静かに自分と向き合えるこの時間が、心地よかった。
私は、これからの自分について考えた。
まずは、勉強をもっと頑張ろう。誰かに見せるためではなく、自分のために。
そして、もっと色々なことに挑戦してみよう。
これまで興味があっても、周りの目を気にしてできなかったこと。例えば、ボランティア活動に参加してみるとか、新しい趣味を見つけるとか。
教室の窓から、優斗くんと橘さんが楽しそうに話しながら下校していくのが見えた。
二人の間には、確かな信頼と愛情が満ち溢れている。
私は、彼らを遠くから見守ることにした。 彼らの幸せを、心から願う。
そして、いつか、私も彼らのように、誰かを真っ直ぐに愛し、共に歩めるような、そんな人に出会いたい。
この失恋は、私にとって、初めての、そして最も大切な「成長の痛み」だったのかもしれない。
私は、もう過去には戻らない。
新しい自分として、未来へ向かって、一歩を踏み出す。
私の青春は、これから、本当の意味で始まるのだ。
【完結】失恋から始まる青春再生物語 碧(あおい) @ball
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