第9話 恋

 真吾くんと別れてから、私の日常は大きく変わった。


 これまで彼と過ごしていた放課後や週末は、ぽっかりと穴が空いたように感じられた。

 クラスの中心にいたはずの私なのに、今はどこか居場所がないような、そんな孤独を感じていた。

 友達と話す時も、どこか心ここにあらずで、以前のように心から楽しむことができない。


 そんな私に、追い打ちをかけるような出来事が起こった。

 優斗くんと橘さんが、恋人同士になったという噂が、あっという間にクラス中に広まったのだ。

 彼らが一緒にいるところを見るたびに、私の胸は締め付けられた。


 あの野暮ったかった伊達メガネを外した橘さんは、本当に美しかった。

 クラスメイトからの注目は以前にも増し、多くの男子生徒が彼女に言い寄っていたけれど、彼女の視線はいつも優斗くんだけに向けられていた。

 そして、優斗くんもまた、そんな橘さんの隣で、以前にも増して自信に満ちた、優しい笑顔を見せている。


 かつて、私が上から目線で優しくしてあげて、少しだけ嬉しそうにしていた秋原くん。あの頃の彼は、私の手のひらの上にいるような存在だったのに。

 今の彼は、私には想像もつかないほど成長し、私には手の届かない場所で、橘さんと共に輝いている。


 私の心には、嫉妬と、後悔と、そして、どうしようもないほどの憧れが渦巻いていた。


 真吾くんと別れて、一人になった今、優斗くんの存在が、私の中でますます大きくなっていた。

 彼への気持ちは、もはや「中学の同級生」への漠然とした優越感や、彼の成長への複雑な感情だけではなかった。


 それは、紛れもない、恋だった。


 私は、この失恋の痛みの中で、初めて、自分自身と深く向き合っていた。

 私は、これまで何を見ていたのだろう。 真吾くんと付き合っていた時も、私は彼自身を見ていたのではなく、「クラスの中心にいる自分」という優越感に浸っていただけだったのかもしれない。

 優斗くんに対しても、私は彼を「地味な男子」と見下し、上から目線で優しくしてあげることで、自分の存在価値を確認していただけだった。


 橘さんへの噂を信じ、優斗くんに「深入りしない方がいい」と忠告した時も、私は彼を心配していたつもりだったけれど、本当は、彼らが私たちが築き上げてきた「一番」の地位を脅かす存在になるのが怖かっただけなのかもしれない。


 優斗くんと橘さんは、お互いを信じ、支え合い、共に困難を乗り越え、そして、本当の幸せを掴んだ。

 彼らの姿は、私にとって、眩しくて、同時に、私の過去の浅はかさを浮き彫りにした。

 彼らのように、誰かを真っ直ぐに信じ、共に成長できる関係を築きたいという、新たな憧れのような気持ちが芽生え始めていた。私は、これまでの自分を深く反省し、変わらなければならないと強く感じていた。


 このままでは、私の心は、この後悔と嫉妬に押しつぶされてしまう。


 彼に、私の本当の気持ちを伝え、そして、この感情に決着をつけなければ。


 たとえ、彼に恋人がいたとしても。

 たとえ、私の想いが届かないとしても。

 この恋は、私にとって、初めての、そして最も大切な「成長の痛み」になるだろう。


 私は、そう決意した。

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