クリームソーダ ─ 掌編世界(2)

安曇みなみ

クリームソーダ

 喧騒と太陽の眩しさに耐えられず、電車から逃げ出した。人目につかない場所を求めて、駅前の古い喫茶店に滑り込む。クリームソーダの緑が沈み込むように深い。 会社を無断欠勤した私は、スマホの電源を切り、この深い緑の中に現実を沈めている。窓の外を、同じようなスーツ姿の人たちが忙しなく通り過ぎる。


 壁の古時計が重々しく九時を打つ。その音に顔を上げると、窓ガラスに映る自分の顔と目が合った。ひどく疲れて見知らぬ人のようだ。私は逃げるように視線をグラスに戻す。深い緑の中で氷が溶け、炭酸の泡が静かに弾けては消える。まるで私の溜息のように。


 長いことそうしていると、店内のクラシック音楽が同じ旋律を繰り返していることに気づく。レコードの針が同じ溝をなぞり続けているのだろうか。マスターも他の客も、窓の外の喧騒も、その歪んだループには無関心だ。私だけが同じ場所をぐるぐると回る音に取り残されている。


 でも足は動かない。どこにも行けない。氷もすべて溶けだしてしまった。

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クリームソーダ ─ 掌編世界(2) 安曇みなみ @pixbitpoi

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