第10話 銀獅(ぎんし)回収
「前世の自分はまさに盲目だった」
徐令(じょ・れい)は心中で嗤(わら)った。
放心(ほうしん)したその瞬間、岩から脱(だっ)した銀灰色(ぎんはいいろ)の幼獅(ようし)が最後の力を振(ふ)り絞(しぼ)ったように見えた。微(かす)かに上げていた頭部(とうぶ)が無力(むりょく)に垂(た)れ、かろうじて保(たも)っていた液状(えきじょう)の獅子形態(ししけいたい)が瞬時(しゅんじ)に崩壊(ほうかい)!
プチッ
水泡(すいほう)が弾(はじ)けるような微音(びおん)。幼い液状(えきじょう)の獅子体(ししたい)が爆散(ばくさん)し、純粋(じゅんすい)で粘稠(ねんちゅう)な銀灰色の液体(えきたい)と化した。
それは砕(くだ)けた岩肌(いわはだ)の上に水鏡(みずかがみ)のように光りながら静(しず)かに集(あつ)まり、風前(ふうぜん)の灯(ともしび)のように微弱(びじゃく)で漂(ただよ)う存在(そんざい)となった──渓流(けいりゅう)に溶(と)け込(こ)むことはない。
この突然(とつぜん)の変容(へんよう)が徐令の意識(いしき)を現実(げんじつ)へ引き戻した。
この霊獣(れいじゅう)の正体(しょうたい)や処置(しょち)法(ほう)は不明(ふめい)だが、前世(ぜんせ)で王二狗(おう・にぐ)がこれを従(したが)えていた事実(じじつ)が判断(はんだん)を促(うなが)す。
躊躇(ちゅうちょ)なく、徐令は衝撃(しょうげき)の痛(いた)みを押(お)し殺(ころ)して懐中(かいちゅう)の収納袋(しゅうのうたい)から一物(いちもつ)を取り出した──掌(てのひら)サイズの玉盒(ぎょくごう)だ。
表面(ひょうめん)に符紋(ふもん)が刻(きざ)まれたこの品(しな)は高級品(こうきゅうひん)ではないが、低級(ていきゅう)の生物(せいぶつ)や生気残存(せいきざんぞん)の霊材(れいざい)を収容(しゅうよう)できる唯一(ゆいいつ)の容器(ようき)だった。
銀灰色の液溜(えきだま)りにゆっくり近(ちか)づき、息(いき)を殺(ころ)す。指先(ゆびさき)で印(いん)を結(むす)び、游糸(ゆうし)の如(ごと)き柔(やわ)らかな霊力(れいりょく)を抽出(ちゅうしゅつ)──最細(さいぼそ)の絹糸(きぬいと)のように液体へ絡(から)みつかせた。
液体は微(かす)かに波打(なみう)ったが、抵抗(ていこう)しなかった。徐令は喉(のど)を詰(つ)まらせながら、霊力の糸でこの重(おも)い「元水(げんすい)」を玉盒へ移(うつ)す。
緩慢(かんまん)で緊迫(きんぱく)した工程(こうてい)だ。徐令は全神経(ぜんしんけい)を集中(しゅうちゅう)し、遂(つい)に最後(さいご)の一滴(いってき)も玉盒(ぎょくごう)に収(おさ)まった。
カチリ
蓋(ふた)を素早(すばや)く閉(と)じると、徐令は指(ゆび)を翻(ひるがえ)して三連(さんれん)の封印符紋(ふういんふもん)を刻印(こくいん)!淡黄色(たんこうしょく)の符紋(ふもん)が一閃(いっせん)して消(き)え、盒内(こうない)の気配(けはい)を完全遮断(かんぜんしゃだん)した。
一連(いちれん)の作業(さぎょう)を終(お)え、徐令は長(なが)い息(いき)を吐(は)いた。背中(せなか)は冷(ひや)汗(あせ)で濡(ぬ)れていた。痕跡(こんせき)を消去(しょうきょ)すると、粋晶石(すいしょうせき)と玉盒を収納袋(しゅうのうたい)に収(おさ)めて懐(ふところ)に密(ひそ)めた。
霊力(れいりょく)を強引(ごういん)に催(もよお)して逆流(ぎゃくりゅう)する気血(きけつ)を抑(おさ)え、電光(でんこう)の如(ごと)く密林(みつりん)を疾走(しっそう)──
風霊宗(ふうれいそう)へ向(む)かって後(うしろ)も振(ふ)り返(かえ)らず。往路(おうろ)二日(ふつか)の道程(みちのり)を、霊力消耗(れいりょくしょうもう)を顧(かえり)みない飛遁(ひとん)で一日半(いちにちはん)もせず、宗門(しゅうもん)の山門(さんもん)が遠望(えんぼう)に浮(う)かんだ。
……
外門功績堂(がいもんこうせきどう)。
喧騒(けんそう)は変わらない。徐令は無表情(むひょうじょう)を装(よそお)い、ありきたりな薬草採集(やくそうさいしゅう)を終えたかのように振(ふ)る舞(ま)った。三塊(さんかい)の霊気充満(れいきじゅうまん)の粋晶石を執事弟子(しつじでし)の櫃台(かんだい)に置(お)く。
「丙等(へいとう)、器堂(きどう)の粋晶石収購(しゅうこう)任務(にんむ)、弟子徐令(でしじょれい)、納入(のうにゅう)に参(まい)りました」
声(こえ)に波(なみ)ひとつない。
執事弟子は粋晶石を特製(とくせい)の玉盤(ぎょくばん)で検(けん)した。
「品相(ひんそう)並(なみ)、霊気無損(れいきむそん)。三塊で三十功績点(こうせきてん)」
徐令の身分玉牌(みぶんぎょくはい)を記録玉盤(きろくぎょくばん)に滑(すべ)らせ、微光(びこう)と共(とも)に登録完了(とうろくかんりょう)。
「功績点登録済(こうせきてんとうろくずみ)。受け取れ」
低級任務(ていきゅうにんむ)に慣(な)れた執事弟子の声は平淡(へいたん)だった。
「師兄(しけい)、感謝(かんしゃ)いたします」
温(ぬく)もりある玉牌を握(にぎ)りしめ、神識(しんしき)で功績点の増加(へいさんじゅう)を確認(かくにん)──喜(よろこ)び二分(にぶ)、鉛(なまり)のように重い焦燥感(しょうそうかん)が八分(はちぶ)。
三十点……築基丹(ちっきたん)に必要な三百点(さんびゃくてん)への道程(みちのり)は、依然(いぜん)天淵(てんえん)の如(ごと)し。
徐令は黙(だま)って功績堂を後(あと)にした。外(そと)の陽射(ひざ)しは眩(まぶ)しいが、彼の肌(はだ)には微(かす)かな温(あたた)かさも感(かん)じられなかった。
異世界修仙~宿敵・王二狗(ワン・アーゴウ)再臨~ 温 栖 云 (オン セイ ウン) @ritoukin
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