小話『雪に舞う、静かな日』


「雪だるまと小さな約束」


 港町の広場は一面、銀世界に包まれていた。淡い冬の光がゆるやかに差し込み、雪の結晶はきらきらと輝き、小さな星々が舞うかのように煌めいている。


 セイラはローブの裾を押さえ、雪を踏みしめる感触を確かめながら歩いた。

「……冷たくても、雪の香りは好きです」


 アルヴァは肩越しに空を見上げ、鼻歌をひとつ零しながら手を伸ばした。

「ここで少し遊ぶのも悪くない。…セイラ、雪合戦でもするか?」


 セイラは眉を軽く上げ、口元にわずかな微笑みを浮かべて言う。

「……油断すると、私の魔術で雪玉が勝手に飛んできますよ」


 リリアナは仮面の奥で柔らかく微笑み、両手で雪を掬い上げた。

「ふふ、舞の練習にもなりそうね。アルヴァ、避けられるかしら?」


 三人は広場の片隅で小さな雪だるまを作り始めた。セイラは丁寧に丸い球を積み上げ、最後に小さな雪の手袋をそっと添えた。


 アルヴァは即興でその雪だるまに名前をつける。

「よし、“ピリカ”だ。冬の精霊みたいな響きだろ?」


 セイラは魔術で雪だるまのわずかな動きを生み、首をかしげる仕草を見せる。

「……まるで生きているみたい」


 リリアナは雪だるまのまわりを舞い、粉雪で円を描いた。

「ねえ、雪さえ私たちと一緒に踊ってくれているみたい」


 アルヴァは雪を掻き集めてピリカに帽子を作ろうとしたが、バランスを崩して自分に雪をかぶった。

「うっ…おっと? まさかこれ…ピリカちゃんの甘〜いトラップってやつか?」


 セイラはくすくす笑い、雪を手で払う。

「…アルヴァ、相変わらずね」


 リリアナは肩を軽く揺らして笑い、雪を舞い散らせる。

「アルヴァのことは、私たちも驚かないわ」


 三人は完成した雪だるまを見つめ、穏やかに息を吐いた。アルヴァは肩越しに空を見上げ、柔らかい声で言う。


「春が来たら、また旅を始めよう。ピリカもきっと待っていてくれる」


 セイラは小さく頷き、ヴェール越しの瞳に優しい光を灯す。

「……こんな何気ない時間も、大切な旅の一部ですね」


 リリアナも微笑みを浮かべ、雪だるまのそばにそっと手をかざす。

「ここで学び、笑い、そしてまた歩き出す――それが私たちの旅の形ね」


 雪は静かに舞い続け、港町の広場は白いベールに包まれていく。深い冬の冷気の中、三人の小さな誓いは、雪の結晶のきらめきとなって未来へと溶けていった。



「雪に響く旋律」


 冬の港町は雪に包まれ、淡い灰色の空から小さな結晶が静かに舞い落ち、屋根や石畳をうっすらと白く染めていた。


 アルヴァは肩越しに空を仰ぎ、雪を踏むたびに生まれる微かな音色にほほえんだ。

「見ろ、この雪……踏む場所で音が変わるんだ。まるで町全体が小さなオーケストラみたいだな」


 セイラはローブの裾を押さえ、雪の結晶をそっと魔術で浮かせる。淡い光をまとった結晶が宙を舞い、まるで光と音が踊るように揺れている。


「……光と音にはきっと繋がりがあるのでしょうね」


 アルヴァは小さく雪を蹴り、跳ねる結晶の音に合わせて鼻歌をふわりと重ねる。

「よし、この旋律は“雪の小径ソナタ”だな。もう名前までつけちまった」


 リリアナは舞のように身を翻し、雪を散らして軌跡を描く。

「まあ、アルヴァの命名センスは独特ね……でもほら、雪も一緒に踊ってくれているわ」


 アルヴァはふいに雪の塊を蹴り、リリアナの足元へ飛ばす。

「さぁ、リズムは俺に合わせろよ…って、おっと? はは、少し情熱が過ぎたかな?」


 リリアナはくすりと笑い、舞の一部として雪を跳ね返す。

「ふふ、即興のやりとりも舞の練習になるわね」


 セイラはそんな二人を見つめ、微笑みを浮かべた。雪の結晶をさらに揺らし、音の細やかな変化を楽しんでいる。

「……こうして遊びながら学べるなんて、魔術も雪も決して無駄じゃないわね」


 三人は自然と足並みを揃え、雪上で小さな即興パフォーマンスを繰り広げた。


 足音、結晶の舞い、舞の軌跡が一体となり、冬の港町の静寂に柔らかな旋律を響かせる。


 アルヴァは弦を軽く弾き、雪に残った微かな足跡を見つめてつぶやいた。

「ふぅ……雪も舞も、光も音も、ぜんぶで小さなオーケストラさ」


 リリアナは仮面の奥で優しく微笑み、肩越しに雪空を見上げる。

「こんな日々も、旅の大切な一コマとして心に刻まれるわね」


 セイラも雪の煌めきを見つめ、静かに頷いた。

「……冬の港町もまた、私たちの特別な舞台になるのですね」


 雪は舞い続け、三人の笑い声と小さな旋律が港町に溶け込んだ。冬の静寂が柔らかく包み込む中で、今日のひとときは彼らの心に小さな宝物として刻まれていった。



「白銀に映る灯火」


 夜の港町は雪に包まれ、街灯の柔らかな光が白銀の路地や屋根にゆるやかに反射していた。冷えた夜風が静かに吹き抜け、舞い上がる雪粒が淡い煌めきを揺らす。


 セイラは暖かなカップを手に窓辺に腰を下ろした。ヴェールの隙間から覗く瞳は、揺れる灯りに映る雪の粒をじっと追っている。

「……雪に光が反射して、まるで小さな星たちが降ってきたみたい」


 隣のアルヴァはゆったりと背もたれに身体を預け、ココアの湯気を吸い込みながら弓を背に戻す。カップの縁を柔らかく指で叩いて言う。

「こうして冬の夜を静かに過ごすのも悪くない。旅の途中の、小さな贅沢だな。ちょっと旋律でも作ってみるか」


 指先が弦を軽く撫でると、雪を踏む音と溶け合い、柔らかな即興の曲が生まれていく。雪の粒がともに振動し、空間に淡いリズムを紡いでゆく。


 リリアナは仮面の奥で微笑み、手首をしなやかに返してカップを少し掲げる。舞の一瞬を切り取ったような仕草が、静かな温もりを添えた。

「灯りも雪も静かに寄り添い、遠く港町の灯と私たちの笑い声が、小さな希望になるみたい」


 三人は静かにカップを傾け、過ぎ去った旅の記憶や、春に再び歩き出す日の夢を語り合った。


 雪の静寂に包まれ、港町は白いベールの下で穏やかに眠っているようだった。


 セイラはゆったりと窓の外を見つめ、柔らかな声で言葉を紡いだ。

「……この町で過ごす時間も、旅の大切な一部なのでしょうね」


 アルヴァは静かに弦を弾き、旋律のように言葉を添える。

「どこにいても風は絶えず動いている。雪も灯も、俺たちの道をやさしく照らしてくれているさ」


 リリアナは優しく微笑み、しずかに頷いた。

「港町の灯火と雪の静寂は、心に深く残る景色ね。春の訪れとともに、また歩み出しましょう」


 雪はしんしんと降り積もり、町の輪郭を淡く包んでいた。街灯は静かに灯りを返し、冬の港町に温かなぬくもりを残した。


 その夜、三人の心には、冬の白銀と灯火が小さな記憶としてやさしく刻まれた。


 雪の静寂は、旅の疲れをそっと癒し、未来への歩みをあたたかく後押ししてくれているようだった。



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仮面は、風と旅をする 揺らぎ @haru-yuragi

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