第五話「知識の灯、守る手に」


 石室に静けさが戻り、冬の淡い光が古代遺物の表面を優しく照らした。魔法生物は鎮まり、封印の残響が空気をわずかに揺らしていた。


 セイラはヴェールの隙間から遺物を見据えた。

「……これが、古代魔導師の遺志のかけら……」


 アルヴァは弓を肩に戻し、甲板の戦いを思い返すようにゆっくりと息をついた。

「手強かったが……こうして無事なら、それもまたいい」


 リリアナは仮面の奥で柔らかく微笑み、静かに遺物の周囲を見渡す。

「封印の力と戦術の結晶……やはり古代魔導師の智慧は深いわね」


 バルクは拳をゆっくり下ろしながら、測定や記録の道具を整える。静かな声が石室に響いた。

「知識は収集するだけでは意味を持たない。人々のために活かされ、未来を照らすものでなければ」


 セイラは頷き、やわらかくヴェール越しに彼を見つめる。

「……あなたの眼には、ただの商人ではない使命が映ります」


 アルヴァは肩越しに笑みを浮かべ、口を開いた。

「兄貴分……いや、戦術家であり守護者だ。頼れるな」


 バルクは短く頷き、しかし視線は遠くを見つめている。

「今は共に旅する者ではありません。それでも、知識を未来に伝えるために、私は行動する」


 四人は石室を後にし、遺跡の外へと戻った。村の宿に足を向けると、そこにはギルドマスターが待ち受けていた。


「……遺跡での調査はどうだった?」

 その低く重みのある声に、セイラたちは報告を始める。魔法生物の制御、封印の現状、遺物の安全確認を淡々と伝えた。


 聞き終えたギルドマスターは深く頷く。

「なるほど……素晴らしい働きぶりだ。特にバルク氏の戦術判断は、ただの商人とは見えぬ」


 バルクは控えめに頭を下げた。

「感謝いたします。ですが、知識は手段に過ぎません。その目的は人のために活かすことにあります」


 セイラはその言葉に静かに頷く。

「……胸にまっすぐ響く言葉です」


 アルヴァは肩越しに微笑み、そっと呟いた。

「なるほどな……知識は宝じゃない、生かすもんだってことか」


 リリアナは仮面の影越しに優しく目を細める。

「あなたの眼の先には、未来を守る強い意志があるのね……」


 バルクは一礼すると、宿の窓の外、澄んだ冬の空を見つめる。

「私はこれからも記録し、未来に伝えます。皆と歩む道は別々です。道は、それぞれにある」


 その背中には誠実さと決意が宿り、孤高の輝きを帯びていた。セイラたちは静かにそれを受け止め、胸の奥に彼の意思を刻み込んだ。



 港町へ戻った頃、冬の気配はいよいよ深まっていた。空は鉛のように重く沈み、雪が静かに舞い落ちる。細かな結晶が屋根や路地を覆い、町を柔らかな白で包み込んだ。


 セイラはローブの裾を押さえ、雪を踏む足音に耳を澄ませる。

「……雪の匂い、冬の静謐さ……港町もまた、別の顔を見せるのね」


 アルヴァは肩越しに広がる町並みを見渡し、鼻歌混じりに歩みを進める。

「雪で景色が変わると、町も違う旋律を奏でる。踏むたびに音が変わるのが面白い」


 リリアナは仮面越しに柔らかな微笑みを浮かべ、手にしたマフラーで頬を温めた。

「寒さは厳しいけれど……こんな日はゆっくり学を深めるのも悪くないかもしれないわね」


 三人は宿に落ち着き、冬の滞在を決めた。港町は旅人や学者、商人で賑わい、情報と知識を得るのに最適な場所だったからだ。


 外では雪が静かに舞い、街灯の光が結晶に淡く反射する。歩を進める人々の足跡が、しんしんと降り積もる雪にひとつずつ記されていった。


 セイラは窓の外の白銀をじっと見つめ、静寂の音に心を傾ける。

「この静かな時間もまた、旅のひとつの章……なのでしょうね」


 アルヴァは弓を背に、雪踏みの音を拾いながら歩いた。

「風と同じだ。止まって見えても、僕らは常に動いている。だから旅の静けさも悪くない」


 リリアナは軽く頷き、仮面の奥で微笑んだ。

「雪に包まれたこの町で力を蓄え、春が来たら新たな物語を紡ぎましょう」


 その夜、暖炉のぬくもりの前に集い、三人は語り合った。セイラは魔術の理論や観察の技を、アルヴァは旋律の応用や音の操り方を、リリアナは舞の技芸と戦術の応用を互いに確認し合う。


 外では雪が静かに降り続け、港町の喧騒はすっかり白いベールに覆われていた。


「ここで学び、また歩き出そう」

アルヴァが笑みを浮かべて言うと、二人も静かに頷いた。


セイラは静かに窓の銀世界を見つめ、内心でつぶやく。


――新たな旅立ちの日まで、ここで備えよう。



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