第四話「理と力の交響」
石の回廊を抜けた先、四人は広大な石室の前に立った。壁一面には古代文字が刻まれ、そこから低く震えるような魔力の波が流れ出す。空気は重く、ひと息吸うたびに胸の奥に冷たい感触が広がった。
セイラはヴェールを押さえ、静かに目を細める。
「……ここが、古代遺物の眠る石室」
アルヴァは肩越しに笑みを浮かべ、弦を指先で軽く撫でる。
「まさか、こんな静まり返った場所に、未知の旋律が潜んでいるとはな」
けれど静寂は長くは続かなかった。石室の中央で、封印の鎖がかすかに揺らぎ、影が脈動を始める。
次の瞬間、鎖は眩い光とともに解かれ、異形の魔法生物が姿を現した。
鋼の鱗を纏い、赤く光る双眸。四肢には金属の爪と補強が施され、その咆哮が石室全体を震わせる。
アルヴァは弓を構え、軽く弦を弾いた。
「……反応は耳だな。音で撹乱するしかない」
リリアナは舞うように身を翻し、仮面の奥で赤き瞳を見据える。
「魔法生物……光と音に敏感ね。その動きは、読めなくはないわ」
セイラは手をかざし、魔力を凝らす。
「幻影で視界を閉ざします。誘導の合図を――その隙を狙って」
バルクは拳に魔力を宿し、小道具を手際よく取り出した。
「前衛と支援を兼ね、敵の動きを制御する。……ただ力で押すのではなく、戦術で崩す」
彼の拳は正確に攻撃を受け流し、煙や重石を駆使して敵の視界と動線を狭めていく。
同じく辿り着いた魔法使いたちの炎と光が轟き、アルヴァの旋律が細やかな振動となって魔物の均衡を崩す。セイラの幻影が視界を歪め、動きを縛った。
「左から衝撃――備えろ。リリアナ、背後へ回れ。アルヴァは強弱で誘導を」
バルクの低い指示が戦場の混乱をまとめ上げる。
異形は咆哮を上げ、猛然と躍りかかる。だがバルクの拳が衝撃点を的確に捉え、その勢いを削ぐ。
セイラの幻影が錯覚を編み、アルヴァの音が聴覚と視覚を撹乱する。リリアナの舞は影を裂くように間隙を縫い、反撃の道を拓いた。
静かに、しかし確実に。魔法生物の動きは鈍り、その圧力は徐々にほどけていった。
異形の魔法生物が膝をつくと、石室にひそやかな振動が走った。壁面の古代文字が淡い光を放ち、空気が震えるように変わる。
冷たく輝く金属が軋み、稼働音が空間を満たすと、まるで何かを目覚めさせるかのように重々しい気配が広がった。
鈍った魔法生物の動きは、四肢の重さが増していた。その様子に、バルクは拳をぎゅっと握り直し、低い声で指示を飛ばす。
「幻影の維持を続けろ。旋律の揺らぎを変化させ、敵の動きを限定する。アルヴァ、リリアナ、次の一撃の予測を頼む」
アルヴァは弦を弾き、空気の振動を操って敵の重心を揺さぶる。リリアナは舞の軌跡で影を切り、石や金属の反射を利用して視界を撹乱。さらに、セイラは幻影魔術を重ね、魔法生物の視界を分断した。
バルクは静かに踏み込み、拳と道具を同時に繰り出す。小瓶の煙、跳ねる重石、魔力帯びた衝撃――すべてが緻密に計算され、敵の動きを封じ込めていった。
咆哮が石室に響き、壁を震わせる。
しかし、混沌はもはや彼らの掌の中にあった。互いを信じ、連携は完璧に近い。
決定的な瞬間。バルクの拳が魔法生物の肩口を捉える。その反動を活かし、セイラが幻影を展開して視界を奪い、アルヴァの旋律が意識を揺らす。リリアナの舞は隙間を縫い、魔物を石室の床へ沈めた。
石室に静寂が戻り、荒い呼吸音だけが響く。
冷え込む空気がゆっくりと満ちていった。
バルクは拳を下ろし、ひと息つく。
セイラはヴェール越しに軽く頷き、アルヴァは弓を肩に戻して笑みを浮かべた。
「……手強かったな」
アルヴァの言葉には疲労と安堵、そしてわずかな興奮が混ざる。
リリアナは仮面の奥で微笑む。
「力任せではなく、理と技の結実――封印を守る者の試練だわ」
セイラは静かに言葉を紡ぐ。
「バルクさんの戦いは見事でした。拳と道具に、理知が宿る……まるで戦術家のよう」
バルクは控えめに微笑み、短く頷く。
「皆の力を最大限に活かす。それが私の役目です。守るべきものを守り、危険を分散させる――ただ、それだけ」
静寂のなか、石室の奥に安堵の気配が漂った。古代遺物はなお眠り、封印の痕跡が淡く光を放っている。
セイラはローブを押さえ、拳を握るバルクを見据えた。――誠実で固く、頼れる兄のような存在。単なる商人ではない、その深さを確信していた。
アルヴァは肩越しに笑い、軽く呟く。
「なるほどな、兄貴分。おかげで俺たちも安心して暴れられるぜ」
リリアナは舞い上がるように立ち上がり、仮面越しに微笑む。
「戦術家、旅人、守護者――あなたの眼は、私たちの未来を照らしているのね」
セイラは静かに頷き、石室の中心に佇む古代遺物を見上げる。
「……眠れるもののすべてが、これからの道を示してくれるのでしょうか」
バルクは再び拳を握り直し、遠くの光を見据えた。
「記録し、守るべきものはまだ多い。だが、共に進む力があれば、きっと道は拓ける」
石室に残る冬の光は、四人の影を長く引き伸ばしていた。彼らの歩みはまだ始まったばかり。未知の遺跡、封じられた魔物、そして古代魔導師の遺志が、彼らの前に確かに立ちはだかっていた。
――封印の果てに立つ者たちの決意は、静かに、しかし確実に燃え上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます