カクコン11短編『ループ』

宮本 賢治

『ループ』

テーブルの上。

ジグソーパズル。

2000ピースはありそう。

ウォーリーを探せ。

完成に近い。

残るピースはわずか。

あ、コレ! ここんとこ、ウォーリーじゃん。ホイ、ホイ、ホイと。

完成してしまった。

って、こんなことしてる場合じゃない。

見知らぬ部屋で、見知らぬ人のパズルを完成させてしまった。

何してるんだ、おれ?

どうして、こうなった?


「ね〜、ピザ頼もうよ!」

「うん、そだね。

何にする?」

「じゃ、マスカルポーネと熟成サラミのLサイズを1枚と、チーズ&ハニーのMサイズを1枚···」

アオイはお気に入りのピザをチョイスする。

インターホンが来客を知らせ、アオイが反応する。

思ったよりも来るのが早かった。

速攻でピザを注文。

さっきのアオイチョイスにプラスして、メニュー表からもち明太子と2倍盛りポテトを選ぶ。

アオイの友人。

リホちゃんと、彼氏のカズヤ。

アオイとリホちゃんは大学のサークル仲間。サークルは『ボードゲームをこよなく愛する会』

前に、リホちゃんがモノポリーを持ってきてくれた。

これがホントにおもしろかった。

双六とか人生ゲームみたいなものと思ってたけど、そうじゃなかった。

手に入れた土地を駆使してお金を他プレイヤーから巻き上げ、他プレイヤーを倒産に追い込む。

いかにお金を増やし、いかに相手を陥れるかの試行錯誤が楽しいボードゲームだった。

リホちゃんがまた、おもしろそうなアンティークボードゲームを手に入れたから、今日はそのお披露目。

ピザでも食べて、その後、ゲームを楽しもうという趣向だ。

リホちゃんはコンビニのレジ袋を持ってる。袋からはポテチが顔を出してる。

カズヤは大きな紙袋と、缶ビールの半ダースパック。

「いらっしゃい。

今、ピザ頼んだとこだから、ちょっとかかるかも」

おれが伝えた。

「じゃ、先にビールでも飲みながら、ルール確認でもしよっか」

とリホちゃん。

「コレ、少ないけど」

とビールパックをカズヤが差し出してくれた。

「ありがとう」

受け取り、ワンドア45Lのちっちゃな冷蔵庫から、冷えたビールを取り出し、差し入れ分を冷蔵庫にしまった。

ワンルームのちっちゃな部屋。

大学生の一人暮らし。

そこに、アオイが転がり込んできた。

アオイのアパートが火事になった。とりあえず、うちにおいでよと言ったら、そのままアオイは住み着いた。

2人暮らしではそれほどこまらないけど、4人だと座る位置に工夫が必要だ。

テレビ台と、2人掛けのソファ。

その間にローテーブル。

部屋の窓際のベッドの上にはおれが座る。その対面にはラグ・マットの上にクッションを敷いて、アオイが座る。お客様の2人はソファへ。

うちのビールはロングネックと呼ばれる355ミリリットル瓶。

瓶ビールをラッパ飲み。

やってみると、炭酸も抜けにくいし、瓶はヌルくなりにくい。

銘柄はブルックリンラガー。

茶色い瓶に黒いラベル。丸い緑色のロゴ。

パッションフルーツのような甘い香りのあとに、ホップの強い苦味が残るのが特徴。

香りと苦味の強さをアオイが気にいってる。

ブルックリンビールは、ポテトやハンバーガー、ピザなどのジャンクフードとの相性もよい。

とゆ〜わけで、乾杯!

···ングングングング。

プハッ!

うまい!!

アオイは差し入れのポテチをパリパリと食べてる。

「コレ、美味し♡」

ガーリック味。

お気に入りらしい。

カズヤが紙袋から何か取り出した。

ん?

なんじゃ、こりゃ。

1言で言えば、

アンティークのくじ引きマシン。

商店街のくじ引き。

あのガラガラ回すやつ。

正三角形でできた立方体。

1、2、3、4···

20面体?

それにクランクタイプのハンドルがついてる。

いかにも古めかしい。

リホちゃんが取説らしいコピー用紙を開いた。

「ね、リホちゃん、何コレ?」

おれはリホちゃんに尋ね、さらにビールを一口。

「うん。

行きつけのゲームショップで見つけたんだけどね。

コレ。


『 ループ 』って言うんだって


ひと目で気になってね。

買っちゃった」

「ソレ、いくらしたの?」

おれが聞くと、

「···う〜ん、言いたくない」

リホちゃんは取説から目を離さずに答えた。

カズヤはソレを聞いてビールを一口。むせた。

アオイは、アレもうないやと、ポテチの袋をのぞき込んでる。

「···えっと、このハンドルを回すと···」

そう言って、リホちゃんはループと呼ばれる立方体の箱をクルクル回し始めた。

そのとき、ピキッと音をたてて、目の前に壁ができた。いや、壁じゃない。

空間が切断された。

ラッパ飲みしたビールの瓶が切れた。目の前で切れた瓶の中腹から底の部分が空中を浮いている。中身がこぼれずにそのままの状態で保持されている。

くわえていた瓶の飲み口。口から離し、断面を見ると、最初からそのように加工されたかのような切り口だった。空中のビール瓶が動き出す。

いや、ビール瓶が動いてるんじゃない。周りと遮断されたおれのいる空間が回転している。

「え、何コレ?」

ポテチの空袋を持ったアオイ。

「どうなってるの?」

瓶ビールを持って、目を丸くしているカズヤ。

それぞれが自分のいる空間ごと回転している。

回転が加速する。

みんながあわてる中、ループと呼ばれる立方体のクランクハンドルを回すリホちゃんだけが落ち着いていた。ソファに腰かけ、ローテーブルの上のループを回転させている。

みんな声を上げて、その状況に驚いている。

ループを回転させる、リホちゃん。

うすい笑みを浮かべていた。

回転する景色が急に暗くなった。

回転がふと止まると、おれは見知らぬ部屋にいた。

部屋の感じからして、おれの部屋と同じような広さ、間取り。

おれはアパートの違う部屋にいるようだった。

日が落ち、灯りのついてない部屋が暗い。照明のスイッチは同じ間取りだから、どこにあるかわかる。

スイッチを入れた。

スイッチの近くの冷蔵庫の上にマヌケな瓶ビールの切れ端を置く。

部屋には誰もいない。

ワンルーム。

テーブルの上。

ジグソーパズル。

2000ピースはありそう。

ウォーリーを探せ。

完成に近い。

残るピースはわずか。

あ、コレ! ここんとこ、ウォーリーじゃん。ホイ、ホイ、ホイと。

完成してしまった。

って、こんなことしてる場合じゃない。

見知らぬ部屋で、見知らぬ人のパズルを完成させてしまった。

「え! 誰?」

「···わたしも」

左隣の部屋から、大きな声でのあわてた雰囲気の会話が聞こえた。

後者はアオイの声だ。

アオイは突然、隣の部屋に現れたらしい。

おれはあわてて、自分がいる部屋の玄関へ走り、玄関のドアを開いた。

ドアの先、個室トイレだった。

白髪の波平さんカットの中年男性。大家さんが用をたしていた。

お互い目が合う。

2人とも目の前の現実に目を丸くする。

「閉めてくれんかね」

大家さんが真っ当な正論を述べた。

おれはドアを閉めた。

···どういうことだ。

意味不明。

よく考えて、トイレのドアを開けた。また、同じ間取りの見知らぬ部屋につながっていた。明かりがついている。玄関のドアだ。おれはその部屋に進んだ。

部屋に入ると後ろ手のドアが勝手にしまった。

そうだ!

部屋の奥。

ベランダに続く引き戸。

カーテンを開けると、ガラス戸の向こうに見慣れたアパートの外の風景が広がっている。夜。外灯に照らされた街。

おれはガラス戸を開けた。

すると、

そんなことあるか?

だってドアの形状も違うじゃん。

ガラス戸を開けると、大家さんが用をたしていた。

個室トイレにつながったのだ。

大家さんの表情に怒気を感じたので、すぐに戸を閉めた。

ガラス戸にはさっきと同じ外の風景。

ダメだ。

頭がおかしくなりそう。

洗面所に続くドアを開けた。

また、その奥は見知らぬ部屋に続いていた。

仕方ない。

おれはその先に進んだ。


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