マジカル天使アミュリムちゃん

夜ノ間

マジカル天使アミュリムちゃん

 「いいかげんにしなさいよ!そのアクスタ?とかいうの1個を捨てるか、この家・全財産・職場・家族・彼女(私)捨てるか選びなさい!いま!ここで!!!」

 ビリビリと鼓膜に突き刺さる声が雷鳴のようだ、などと思いながら、僕はそっと両手で包み込んだ『マジカル天使アミュリムちゃん』のアクリルスタンドに傷がついていないことを確認した。


 事の発端はいつだったろうか。今年の春頃だったと思う。社会人になって数年、僕にも念願の彼女が出来た。二次元の嫁とかではなく三次元の彼女。付き合うのつの字もわからないオタク真っ盛りな僕だったが、そこはなんとかインターネットと雑誌で頑張った。

 デートだって行ったし、彼女が欲しいと言っていたものもプレゼントで贈ったりもした。彼女にしてあげられることはなるべくした。

将来のためだとグッズを買うのを控え貯金を増やしたし、旅行だって行きたいというところに連れて行ってあげた。

 一緒に住むようになってからも家事は分担して、力仕事や大変な場所は率先した。

 ただ、彼女が怒っているのはそこではない。僕が祭壇に奉っている『マジカル天使アミュリムちゃん』のアクスタが気に食わないそうだ。祭壇と言ってもポストカードサイズの小さな台に色々な飾りつけをして置いているだけで、毎日声をかけ、ほこりなどがかからないように気をつけている、それだけだ。なのに、何が気に食わないというのだろうか。


「怖いのよ!そんなもの後生大事にしてて!別に好きなアニメやゲームのキャラグッズでも何でもないでしょうッ!!?」

「それは、そうだけど……」

 彼女の言っていることは正しい。このアクスタは学生時代に散歩がてら寄ったフリーマーケットで購入したのだが、別に好きなキャラでもなんでもなかった。見た目は可愛いが、平成初期感漂う雰囲気で日焼けも多少していた。ただ、目が合った瞬間、何故か連れて帰らなければいけない気がして、衝動的に購入したのだ。

結果から言うとこれは英断で、その日から僕の人生がだんだん良くなっていった。

 当時の僕は友人もいなかったけれど、学校帰りになんとなく部屋で『マジカル天使アミュリムちゃん』に話しかけると胸がスッとしたし、悪いことがあってもそれが遠ざかり、良い方向に向かうようになっていた。

ちょっかいをかけてくる奴は近づいてこなくなったし、今まで舐めてきた奴らも丁寧に声をかけてくるようになった。会社も第一志望に入れたし、彼女が欲しいと思っていたら告白してもらえた。全部、全部が『マジカル天使アミュリムちゃん』のアクスタのおかげなのだ。


「捨ててよ!そんなもの今すぐ捨てて!」

「そんなものって言うことないだろう!!?『マジカル天使アミュリムちゃん』のこと僕が大切にしていることぐらい知っているだろう!?」

「別にアニメとか漫画が好きなだけならこんなこと言わないわよ!マジカル天使アミュリムちゃんって何!?調べたけどそんなキャラクター1件もヒットしなかったわよ!」

「だからなんだよ!!!!」

「だから……だからッ……!!!」

 怒っていたはずの彼女がしゃくりあげながら泣き叫んだ。

「あんたにはそれがアクスタに見えてるんでしょうけど、私にはそう見えないのよ!怖いのよ!あんた何に話しかけてるの!?誰と会話してるの!?お願いだから捨てて!捨ててよぉ!!!」

 意味不明なことを言われて、思わず「は?」と口から漏れ出た。

 両手で大切に包んだものは、まぎれもなく『マジカル天使アミュリムちゃん』のアクスタだ。平成初期の絵柄で少し日焼けしていて、可愛くて尊くて輝かしくて麗しくて僕にとってはなくてはならない最高の存在。これがあれば何も不安がないし心配もない。人生が上手くいく最高のアイテムだ。

「急に変なこと言いだしてどうしたんだよ。どう見たってアクスタだろう?」

「……あんたには、本当にそう…見えてるのね」

憔悴しきった声で彼女が呟く。その姿は幽鬼のようでゾッとする表情だった。

「もう、いい。あんたがそれを選ぶなら、付き合ってられない。別れさせて」

「急すぎるだろう!なんでそんなにアクスタのこと気にして──」

「とにかく。荷物まとめたらもう来ないから。さよなら」

 彼女は自分の部屋へ去って行ってしまった。これ以上何を言っても聞きそうにはない。

 わけのわからない状況にため息を吐きながら『マジカル天使アミュリムちゃん』へ呟く。


「次は、キミのことを一緒に奉ってくれる子が彼女だといいなぁ」

そうね、とアクスタが答えた。

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