緑の月

名無しのちくわ

鉱夫の夢

ムーンレイカーといえば英語で愚かな人間という意味であり、地球における大英帝国イギリスの生み出した大作家、故・イアン・フレミングの作品のタイトルの1つでもある。


ここにまた1人、月を掬おうとしている愚か者がいる。すなわち、俺だ。

俺はダニエル。月の地下をもくもくと掘り、1日の糧を日々得ている。

いつものように働く俺のホコリと土くれにまみれたコロニー外活動服は、白を通り越してすすけた土色に覆われていた。


「それにしても、」


彼は隣で同じように土くれをかきわけている男に声をかける。本来ならば轟音で聞こえないはずの声は、最新のノイズキャンセリングシステムと骨伝導によってコロニーの中にいる時となんらそん色なく明朗なレゴリス・ラング(月面鉱夫なまり)として聞こえた。


「なんだい?(/wɑːs ðɑːʔ/)」


隣の男は聞こえている、という証拠に軽く頷いて見せる。バイザー越しに見えない顔の代わりに、首を傾げたり頷いたりする動作はこの場において大きな意味をもっていた。


「一体何が出るっていうんだろうな?俺はいっぱしの鉱夫だけどよ、この土くれと石くれを掘ったところでピカピカしたもんはなーんも出てこねぇぜ( /wɑː ðə hel ɑː ðeɪ ɛkspɛktɪn tə faɪnd? aɪm ə siːznd maɪnə, bʌt dɪɡɪn θruː ðɪs dɜːt ən rɑks woʊnʔ tɜːn ʌp ɛnɪθɪn ʃaɪni./)ぐちゃぐちゃになった兵器の鉄くず以外はな!(/ɪkˌsɛpʔ fɔː ðə mæŋɡld skrɑp mɛtl ə ðə wɛpənz!/)」


「さぁな!インテリの連中の考えてるこたぁ俺たちにはわかんねェよ。(/aɪ doʊnʔ noʊ! wiː kɑːnt ʌndərstæn wɑː ðoʊz ɪntəlɛktʃuəlz ɑː θɪŋkɪn./)地球と月とでドンパチしてたとしても俺たちに何が出来る?何が起きたって俺たちは明日もこうして地下を掘るだけだろう!( /iːvn ɪf ðɛəz ə wɔː bɪˈtwiːn ɜːθ ən ðə muːn, wɑː kən wiː duː baʊʔ ɪt? noʊ ˈmædə wɑː ˈhæpnz, wiːl dʒʌs kip ˈdɪɡɪn ʌndərɡraʊnd təˈmɒrə!/)」


そこから会話は与太話へと進み、まるで地中奥深くまで掘り進むように俺たちは再び作業へと埋没していった。


夜。俺は活動服の隙間に隠してこっそりと坑道から持ち込んだ月の石をベッドのサイドボードの引き出しから取り出して、寝床にねっころがって眺める。

インテリかぶれの同僚が言うには、月にぶつかって落ちてきたガラスの一種らしい。濁ってはいるが深みのある緑色をしている。ヤスリと研磨機を使えば、多少は見栄えがよくなるだろう。


俺も何れ女房を持つ。地球に新婚旅行に行く事はかなわないかもしれないが、安物のナノ3Dプリント宝石や火星産の宝石なんかより、この緑色のよさがわかる女を女房にしたいものだ。


ふわぁ、とあくびをすると俺は引き出しに石を大切にしまいこみ、枕を整えて目を閉じる。


いつかこの月も、緑豊かな場所になるといい。

そんな途方もない願いを頭の片隅に浮かべながら俺は意識を夢の世界へと飛ばしていく。


その夜、俺は俺の持つ石のように、深い緑に染まった月で深呼吸をする夢を見た。

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緑の月 名無しのちくわ @mintblue0722

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