第48話 2月4週目

「いてて」

「まだ筋肉痛とれないの?」

「うん、春香はまじで何ともないの?」

「なんとも」


 スノーボードやスキー用具一式をえっさほいさと運び込む。

 来週から始まる、決算セールの準備中だ。


「今年は『趣味を楽しめる家って、最高ですよね~』って言えってさ」

「オッケー」

「あと、毎日自転車通勤欠かすなって」

「らじゃ」


 俺たちのロードバイクも住宅展示場のディスプレイの一部となる。


「今年は有休使い切った?」

「いや……無理だった」

「毎年、勿体ないことしてんね」

「しょうがないよ」


 一旦戻って、今度はスキューバダイビングの用具、それからサーフボードを運ぶ。


「マリンスポーツか」

「これは櫻田さんの私物らしいよ」

「そうなの?」

「うん。海街育ちで、サーフィンが大好きなんだって」

「へー」


 そう言えば、居酒屋のバイト君がサーフィンやるって言ってたな。

 余計なお世話かと思いつつも、お節介は悪いことじゃないと、秋子さんの顔を思い浮かべた。


「今年は、使い切ろうよ」

「え?なんだっけ?」

「有休だよ。新婚旅行に行きたい」

「おぉー!いーねー!どこに?」

「フランス、7月」

「分かった」


 そんで最近、ツールドフランスの雑誌ばっか見てたんだな。


「来週、キャンペーン始まったら、秋子さんがステファンさんとパートナーを連れてくるんだって」

「へぇ、また改装すんの?」

「パートナーさんはスノースポーツが趣味なんだって」

「ふーん。対応させていただくよ」

「パートナー、男の人なんだって」

「……まじ?」


 笑って頷く春香。


「私、ステファンさんは秋子さんのこと狙ってるんじゃないかって、心配しちゃったよ」

「俺も。そっか、秋子さんは恋愛対象じゃないんだな」

「そうなると、冬馬とのウィンクの方が意味ありげじゃない?」

「パートナーがいるんだろ。失礼なこと考えるなよ」

「ごめん。でも私は気が気じゃないかも」

「なんだよ、それ」

「二人きりにならないでね」


 そんな真面目な顔されても……


「分かったよ」


 ここは、真面目な顔して返事をしとこう。


「とぉーまさぁーん!はるかさぁーん」


 櫻田が走ってきた。


「ファーストネームで呼ばせてんの?」

「勝手に呼んでんの。あの子が何言っても聞かないの、知ってるでしょ?」

「そうだったな……」


 珍しく息を切らして走っている。汗だくで引きつった顔をしてるから、さすがに心配になる。


「困ってるんですぅ、助けてくださぁーい」

「どうした?」

「今日の幹事、押し付けられたんですぅ。誰もどこも予約してないらしくてぇ」


 なんだ。そんなことか。


「決算キャンペーンの決起集会だろ?」

「そぉーなんですぅ、みんな、ひどぉーい、えーん、しくしく」


 しくしくじゃねーよ。


 あっ!


「駅前の居酒屋にしろよ」

「えぇ、居酒屋ですかぁ?」

「今日の今日で団体予約受けてくれるとこないって。あそこのバイト君に相談してみろ、すごく良い奴だから」

「はぁーい」


 櫻田は猛ダッシュで戻って行った。

 春香がニヤニヤした顔で見てくる。


「なんだよ」

「共通の趣味ね。上手くいくんじゃない?」

「なんだ、知ってたのかよ」

「まぁね」


 共通点は会話のとっかかりに必要だ。

 俺は入社当初から、いいなと思っていた春香との共通点に「夏生さん」を選んだ。

 春香と自然に会話を増やすためには、彼女の興味があるものに興味を持つしかなかった。


 もう一年以上前だけど、門の前を掃除している時に、窓拭きをしている春香を見た。

 ま、あれは窓拭きとは呼べないか。窓にへばりついて外を見ているだけだったもんな。

 俺の頭越しに何かを見てるんだなって思って振り返ったら、自転車に乗った男性が通り過ぎた。「あ、好きなんだな」って、それを見た瞬間に分かった。


 同じ時間に同じ場所に行けば、春香と話ができる。

 会話のネタに困ることはない。それまでもたまに食事には行くことがあったけど、夏生さんの話が話題の中心になってからは、頻繁に飲みに行けるようになった。


 正直、あまりよく考えていないで、応援しちゃっていた。

 夏生さんに、春香と夏生さんに何かあればそれは過ちでしかない。だから春香への態度を考え直した方がいいと言われ、はっとした。


「よかった」


 思わず、ぽろっと口から出た。


「なにが?」

「夏生さんに春香を取られなくて」

「なに言ってんの?」

「ホントのことだよ。春香が誰かとくっつくのを応援してたなんて、今考えるとどうかしてたよな」

「きゅん、きゅん」

「なんだそれ?」

「心の音」

「バカがだだ洩れてるぞ」

「いーの。言わなきゃ分かんないこともあるでしょ?ねぇ、きゅんきゅんしたいから、もっと言って」

「いやだよ」

「えー、もっと言ってよ」

「今日はこれくらいにしとけ」


 揃いじゃない結婚指輪をした春香の手を取る。


 一生離さないからな。



 完






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自転車男に恋をした。 あおあん @ao-an

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