第15話 魔王の愚痴は安らかな眠りを奪う

 ​​テレビの画面が闇に返り、部屋には耐えがたいほどの沈黙が満ちていた。


 深夜アニメの陽気な音楽も、アパートの外を走る車の音も、もはや二人の耳には届かない。ただ、先ほどまで砂嵐が映っていたブラウン管の残光だけが、網膜に焼き付いて離れなかった。


 ​最初に沈黙を破ったのは、芽だった。


​「……ありえない」


 ​彼女は独り言のように呟きながら、部屋の中を落ち着きなく歩き始めた。その姿は、敵の奇襲を受けた際の、作戦室での彼女そのものだった。


​「何かの罠? それとも、高次元存在による干渉? ……いや、違う。あの稚拙な文章、あの自己中心的な論理、あの絶望的なまでのITリテラシーの低さ……。プロファイルは、完全に……あの御方と一致する……!」


 ​芽の額に、冷や汗が伝う。彼女の頭脳は、最悪の可能性を弾き出し、警報を鳴らしていた。魔王が、生きている。それも、この世界のどこかで、自分たちと同じように転生し、あまつさえ、現代社会の理不尽に愚痴をこぼしている。


​「どういうことよ……。目的は? 世界征服の続き? それにしては、内容が情けなさすぎる……。まさか、私たちを探しているんじゃ……」


 ​パニックに陥りかけた芽とは対照的に、剛は静かだった。彼はただ、空になったワンカップの底を、じっと見つめている。その横顔には、驚きよりも深い、諦念が刻まれていた。


​「……諸悪の根源は、どこまでも我らを追いかけてくるというわけか」 


 ​その声は、ひどく疲れていた。


「逃げ場など、初めからどこにもなかったのだな。天界との大戦を生き延び、魔王軍から解放されたと、ほんの一瞬でも思った俺が、愚かだった」


 ​その言葉に、芽はハッとして剛を見た。そして、すぐさまスマホを手に取る。


「そうよ、感傷に浸ってる場合じゃない! 他の連中に知らせないと! これは最優先非常事態クラスSエマージェンシーよ!」


 ​彼女は鬼気迫る形相で、あの忌々しいLIMEのグループを開く。【緊急連絡】と打ち込み、続けて『魔王が、生きている』と入力しようとした、その時だった。


​「――やめておけ」


 ​剛の、静かだが有無を言わせぬ声が、芽の指を止めた。


​「知らせてどうする。アストロはパニックを起こして、詐欺か何かに引っかかるのが関の山だ。ザルタンは、魔王様にストレス解消のフェイシャルコースでも勧めるかもしれん。ゴルゴンは……おそらく、驚いた顔のフクロウの写真を一枚送ってくるだけだろう。何の役にも立たん。無意味だ」


 ​剛の言葉は、残酷なまでに的確だった。


 あの頼りない同窓会のメンバーにこの情報を共有したところで、無用な混乱を招くだけだ。芽は、唇を噛み締め、打ちかけたメッセージを消去した。


​「……じゃあ、どうしろって言うのよ!」


「今は、何もしない。奴が我々に気づいているのかも、目的が何なのかも分からん。下手に動けば、藪を突いて蛇を出すことになる」


 ​元師団長の判断は、常に冷静で現実的だった。芽は、その正しさが悔しくて、何も言い返せなかった。


 ​再び、部屋に重い沈黙が落ちる。


 剛は、静かに立ち上がると、冷蔵庫から新しいワンカップを取り出した。今夜二杯目。彼がこの世界に来てから、初めてのことだった。​一口、あおる。安酒の味が、やけに苦く感じられた。


​「……この世界では、一杯で足りるはずだったんだがな」


 ​その呟きは、誰に聞かせるでもなく、深夜の部屋に溶けて消えた。


 ブラック魔王軍という悪夢から逃れたはずの二人の元に、その悪夢の元凶そのものが、最もくだらない形でその存在を知らせてきた夜。


 二人の安らかな眠りは、間違いなく、今夜から奪われることになるのだ。

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ブラック魔王軍からホワイト(?)日本へ〜ゴズとメズの愚痴り倒し転生ライフ〜 火之元 ノヒト @tata369

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