エピローグ

「均衡境界」の確立から1ヶ月後、桜ヶ丘学園の屋上。陽は手すりに肘をついて街を見下ろしていた。

 もはや2つの世界は無秩序に揺らぐことはなかった。現実世界と影の世界は適切な距離を保ちながら重なり合い、相互に干渉することなく存在していた。


「ここにいたのね」

 葵の柔らかな声に、陽は振り返った。

「考え事を」陽は微笑みかけた。

「明日の就任式のこと?」

「ああ。まさか僕が境界守護機構の委員長を引き継ぐことになるなんて」

 評議会が崩壊した後、2つの世界の調和を守るための新たな組織が必要だった。立ち上げに大きく関わった陽が、凛子の推薦もあってその初代委員長として選ばれたのは自然な流れだった。


「不安?」葵が彼を見上げた。

「少し。でも、みんなの力があれば大丈夫だと思う」

 彼は葵の手を取り、優しく握った。

「私たちがついているわ」


 ◇


 翌日、境界守護機構の会議室。

 かつての境界委員会のメンバーと、元侵食者たちが、今は同じテーブルを囲んでいた。

「では、最終確認を始めましょう」

 凛子が会議を進行した。

「委員長は高城陽、副委員長に私と御影蓮が就任します」

 陽の名前に、全員の視線が集まる。

「各部門のリーダーですが、監視部門は桐生葵、封印部門は鷹野零、訓練部門は椎名奏、転移部門は碧水カイト、そして研究部門は森下教授が担当します」

 一人一人の名前が呼ばれるたびに、会議室に小さなざわめきが起こった。かつての敵同士が、今は同じ目標に向かって協力する仲間となっていた。


 会議の最後に、陽が立ち上がった。

「僕たちの使命は単に境界を守るだけではありません。2つの世界の調和を保ちながら、共に発展していく道を探ることです。父さん――高城理人が望んだ世界を、みんなで創っていきましょう」

 会議室に拍手が響き、全員の表情に決意の色が浮かんだ。


 会議が終わった後、陽、葵、零、奏の4人は中庭に出た。

「本当に委員長としてやっていけるだろうか?」陽が自問するように呟いた。

「心配するな」零は珍しく柔らかな表情で陽の肩を叩いた。「俺が封印部門のリーダーとして、常に助けるつもりだ」

「そう、私たちみんながいるわ」奏も明るく言った。


「それから、これを見てほしいの」葵が小さなノートを取り出した。「あなたのお父さんの研究ノートの続きよ。森下先生と一緒に、残された資料を整理していたら見つかったの」

 陽は驚いてノートを手に取った。そこには「第三の世界」と題され、複雑な図形と計算式が描かれていた。

「第三の世界?」零が眉をひそめた。

「父が最後に研究していたものだよ。現実世界と影の世界の外側に存在する、もう1つの世界」

「境界の力の源は第三の世界にあると考えられる」陽は父の書き込みを読み上げた。「そこには我々の理解を超えた可能性がある」


「第三の世界……本当にあるのかしら?」葵の青い瞳が好奇心で輝いた。

「『均衡境界』を確立した時に」陽は回想するように言った。「僕は何かを見たんだ。3つ目の円。それが第三の世界の存在を示しているのかもしれない」

「この謎を解くのは、きっと私たちの次の使命ね」葵が微笑んだ。


 陽はノートを閉じ、左手首のブレスレットに触れた。もはや光ることはない父からの形見だが、それでも確かな絆の証だった。

「第三の世界。父さんの遺した最後の謎を、僕がきっと解き明かしてみせる」

 葵が陽の腕にそっと手を触れた。

「一緒に探求しましょう」

 陽は頷き、彼女の手を取った。彼らの指が絡み合い、これからも共に歩んでいくという無言の誓いを交わした。


 境界線上の攻防は終わった。だが、境界の謎を解く旅は、まだ始まったばかりだった。

 新たな秩序の中で、2つの世界の調和を守りながら、未知なる第三の世界を探る冒険が、彼らを待ち構えていた。


(了)

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境界線上のリベリオン ゆうきちひろ @chihero3

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