第35話 絆の力

 4人は急いで影学園に戻った。だが、そこもまた強い揺らぎの最中にあった。

「境界の崩壊が加速している」蓮が息を切らせながら報告した。「あと3時間ほどで、2つの世界は完全に分離し、崩壊するだろう」


 陽はノートと結晶を示し、「均衡境界」について説明した。

「でも、どこで発動すればいいのだろう?」葵が疑問を投げかけた。

 その時、カイトが転移して現れた。彼の姿は疲労で蒼白だった。

「位相……転移点……」カイトは息を切らせながら言った。「全ての位相転移点が同時に活性化している……その中心は……かつての寺院……最初の境界が生まれた場所だ」

「父さんが最後にいたという場所」

「あそこが『均衡境界』の発動場所だ」零は即座に理解した。


 陽、葵、零、奏、蓮の5人は、寺院を目指して出発した。

 1時間後、彼らは山の麓にたどり着いた。霧の中心から強い青白い光が放射されている。その先に、かつて高城理人が身を寄せていた古い寺院の姿が見えた。だが今や、それは完全に変容していた。柱も屋根も消え、代わりに古代の石碑が円を描くように立ち並び、中央には巨大な光の渦が空に向かって伸びていた。


 光の渦の前には、青白い光に半ば溶け込んだ蒼月の姿があった。

「来たか、高城陽」蒼月の声は風のように揺らいでいた。

「生きていたのか」零が警戒の姿勢を取った。

「もはや生きている……とは言えないだろう。私は境界と一体化しつつある……もうすぐ消える」

「ここで何をしているんですか?」葵が尋ねた。

「せめてもの罪滅ぼしだよ。境界の崩壊を少しでも遅らせようとしている……だが、私の力では止められなかった」

 彼は陽を見つめた。

「君たちは別の方法を見つけたようだな」

「『均衡境界』です」陽は父のノートと結晶を示した。

 蒼月は小さく頷いた。

「理人は賢かったか……私より先を見ていた」

 彼の体がさらに光に溶け込み、ほとんど透明になった。

「急げ……私の力も……もう限界だ……」


 彼らは石碑の円の中心に向かった。

「ここが発動場所だ」蓮が言った。「古来より、境界の力が最も強く集まる場所」

 陽は石台の中央に立ち、青い結晶を掲げた。

「真実顕現!」

 陽の目から青い光が放射され、世界が色彩の層に分解されていく。彼には現実世界と影の世界の境界が見えた。それは今、激しく揺れ、崩壊しつつあった。

 結晶の力が陽の体内に流れ込み、彼の真実顕現は新たな段階へと進化した。


 彼の周りで、仲間たちが円を描いて立った。葵の「記憶閲覧」、零の「空間分断」、奏の「共鳴増幅」、蓮の「追憶操作」。4つの力が結集し、陽の「真実顕現」を中心に渦を巻き始めた。

 巨大な揺れが全体を襲った。

「もたない!」零が叫んだ。


 奏が力を振り絞り、「共鳴増幅」を最大限に発動させた。彼女の体から橙色の光が放射され、他の全員の力を強化する。

 力が臨界点に達しようとした時、陽は激しい痛みに襲われ、膝をつきそうになった。

「陽!」葵が心配そうに声を上げた。

「大丈夫……まだ耐えられる……」陽は歯を食いしばった。


 父の言葉が彼の心に響いた。

『自己犠牲の代わりに、強い絆を持つ者同士で力を分かち合えば……』

 陽は仲間たちに向かって手を伸ばした。

「力を分かち合ってくれ!」

 4人は迷わず、陽に手を伸ばした。5人の手が中央で1つになった瞬間、青白い光が彼らの体を包み込んだ。痛みは5人に分散された。それでも激しかったが、一人で背負うよりは遥かに耐えやすかった。


「父さんが言っていた……強い絆……」陽は喘ぎながら言った。

「共に背負おう」零が言った。

「誰一人、犠牲になんかさせない」葵が力強く言った。


 光の柱がさらに強まり、空間全体を包み込んだ。世界が一瞬白く染まり、そして……静けさが訪れた。

 痛みが消え、光も薄れていった。5人はへとへとに疲れていたが、全員生きていた。彼らの周りの世界は一変していた。

 もはや揺らぎも歪みもなく、空は清々しい青色に戻り、遠くには影学園の塔が見える。

「成功した……」陽は安堵の息を吐いた。「均衡境界だ」


 彼らが石碑の円を出ようとした時、一瞬、陽は石碑の間に人影を見たように思った。黒いマントの父と、白髪の老人の姿。だが次の瞬間、二つの影は消え去っていた。幻だったのかもしれない。それとも……最後の別れの挨拶だったのか。

「父さん……ありがとう」陽は心の中で呟いた。

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