第20話

嵐のような拍手は、しばらく鳴り止まなかった。

私と馨先輩は何度も何度も頭を下げた。舞台の上の強い照明がやけに熱く感じられる。


やがて司会者の生徒会長が、興奮した様子でマイクの前に進み出た。

「す、素晴らしい……! まさに奇跡としか言いようがありません! それでは審査員の皆様、最終的な審議をお願いいたします!」


橘先生をはじめとする審査員たちが真剣な表情で何かを話し合っている。会場の誰もが固唾を飲んでその結果を待っていた。

私の心臓もまた、どきどきと大きく波打ち始める。

隣で先輩が私の手をもう一度ぎゅっと握ってくれた。その温かさに少しだけ心が落ち着く。


長い、長い審議の時間。

やがて橘先生が、マイクの前にゆっくりと立った。

ホール全体が、しんと静まり返る。


「……審査は難航した」

橘先生は静かに語り始めた。

「綾辻くんの創った『ダイヤモンド・ダスト』。その技術、その完成度は疑いようもなく素晴らしいものだった。香術師として一つの究極の形と言えよう」


先生の視線が客席にいる綾辻さんへと向けられる。玲奈さんは俯いたまま動かない。


「だが」

先生は言葉を続けた。

「我々審査員一同の心を、魂を震わせたのは……」


先生はそこで一度息を吸い込むと、はっきりと高らかに宣言した。

「如月くん、星野さん組の創った、この名もなき『愛の香り』だ!」


その瞬間、会場は今日一番の割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。


「やった……!」

「おめでとう!」

客席の和泉さんが立ち上がって、拳を突き上げているのが見える。


(……勝ったんだ)


実感がまだ湧いてこない。夢の中にいるみたいに、ふわふわとした気持ち。

隣を見ると馨先輩が安堵したように深く息を吐いていた。そして、私に向かって優しく微笑んでくれた。


「やったな、星野」

「……はいっ!」


その笑顔を見て、ようやく私の目から涙がぽろぽろと溢れ出してきた。

嬉しい。嬉しい。

心の底から、嬉しい。


表彰式では私たちは大きな賞杯と、専門誌の編集長から直々に取材の依頼を受けた。

全てが終わり、興奮冷めやらぬまま私たちは香術部の部屋へと戻ってきた。

二人きりになった途端、なんだか急に照れくさくなってしまう。


「……疲れたな」

「……そうですね」


そんなぎこちない会話をしながら、私たちは窓辺の椅子に並んで腰掛けた。

外はもうすっかり夜の闇に包まれている。


「……なあ、星野」

「はい?」

「俺は、お前にまだちゃんと、言えていなかったな」


先輩が真剣な顔で私の方を向き直った。

その瞳に射抜かれて、私の心臓がまた大きく跳ねる。


「俺は、お前のことが好きだ」


はっきりと真っ直ぐに告げられたその言葉。

世界中の音が消えてしまったみたいだった。先輩の声だけが私の心に優しく響き渡る。


「ただそばにいろ、じゃない。俺の恋人として、これからもずっと一緒にいてほしい」

「……先輩」

「……返事は?」


少しだけ意地悪そうに先輩が笑う。

もう私の答えなんて決まっていた。


「……はい」

私は涙でぐしゃぐしゃになった顔で、でも精一杯の笑顔で頷いた。

「私でよければ……喜んで……!」


次の瞬間、私は再び先輩の強い腕の中に包まれていた。

今度の口づけは、屋上の時みたいに不意打ちじゃなかった。

優しくて、深くて、お互いの愛を確かめ合うような、大切な、大切なもの。

唇が離れた後も、私たちはしばらくお互いの額をくっつけたまま見つめ合っていた。

幸せすぎて、胸がはち切れそうだった。


私の呪いは先輩と出会って祝福に変わった。

そして今日、私たちの物語は新たな出発点に立ったんだ。


「……さて、と」

しばらくして、先輩が名残惜しそうに身体を離した。

「感傷に浸っている場合じゃないな。やることは山積みだ」

「え? やること、ですか?」

「ああ。まず専門誌の取材の準備。それから橘先生から預かったあの『相思花』の研究。あれはただの珍しい花じゃない。古代の香術において重要な意味を持つ特別な存在らしい」


先輩の瞳がまた、いつもの探究心に満ちた輝きを取り戻している。


「それに……」

先輩はそこで少しだけ声を潜めた。

「今回のコンテストで俺たちの香りは多くの人間の注目を集めてしまった。中には俺たちの力を快く思わない連中もいるかもしれない」


その言葉に、私は背筋がすっと寒くなるのを感じた。

「快く思わない、連中……?」

「香術の世界は、お前が思うよりずっと深くて暗い部分がある。綾辻家のような名門だけじゃない。歴史の影で香りを悪用してきた者たちも存在する」


先輩の言葉は、まるでこれから始まる新しい波乱を予告しているようだった。


「だが、心配するな」

先輩は私の不安を見透かしたように優しく微笑んだ。

「これからは俺がお前を守る。二人でなら、どんな困難も乗り越えていけるはずだ」

「……はい!」

私は力強く頷いた。

そうだ。もう私は一人じゃない。

私の隣には世界で一番信頼できる人がいるのだから。


その時だった。

こん、こんと香術部の扉を叩く音がした。

「……誰だ?」

先輩が訝しげに扉の方を見る。


ゆっくりと扉が開いて、そこに立っていたのは意外な人物だった。


「……綾辻さん?」

制服に着替えた綾辻玲奈さんが、気まずそうな顔でそこに立っていた。

「……ごきげんよう」

か細い声で彼女は言った。その手には小さな包みが握られている。

「あの……これは、その……お祝い、ですわ」


玲奈さんはそう言うと、その包みを私にずいっと差し出した。


「え……?」

「勘違いしないでちょうだい! 別にあなたたちを認めたわけじゃないんだから! ただ……」

玲那さんは俯いたまま、ぽつりぽつりと続けた。

「……あなたたちの香りを嗅いで、思い出したの。……昔の自分のことを。……だから、これは、その……ただの気まぐれよ」


そう早口で言うと、玲奈さんは私の手に包みを押し付けて、顔を真っ赤にしながら逃げるように去っていってしまった。

呆然と、その場に立ち尽くす私と先輩。

手元に残された小さな包み。

そっと開けてみると、中に入っていたのは美しいレースのハンカチだった。そして、そのハンカチからはふわりと優しいラベンダーの香りがした。

それは玲奈さんが初めて自分の手で創った思い出の香り。


「……あいつも不器用なやつだな」

先輩が呆れたように、でもどこか嬉しそうに笑った。

私もつられて笑ってしまった。

競い合った相手だけど、いつか分かり合える日が来るのかもしれない。

そんな温かい予感が胸の中に広がった。


これからどんな未来が私たちを待っているんだろう。

きっと楽しいことばかりじゃない。辛いことも苦しいこともたくさんあるはずだ。

でも、私たちはもう大丈夫。

この二人で創り上げた愛の香りがあれば。

私たちの新しい物語の序章。

その香りは、どこまでも甘く、優しく、そして希望に満ちていた。

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パルファム・ド・ラ・マレディクション ~呪い香の錬金術師~ ☆ほしい @patvessel

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