第24話 異形の剣妖
冷静に村を観察すれば、火をかけられた家は少なめだった。
家の中に村民が立てこもっているところにだけ火を放ったのかもしれない。だとすると、この武装集団の行動からは村を壊滅させるだけでなく、空き家を拠点として利用する思惑が見て取れる。
そうすると国境線の拡大が敵の目的か。そのための橋頭保を築こうというのだろう。
この戦い、もっと大きな戦争になるかもしれない。
アンシッラが村の中央付近まで辿り着いたとき、広場から激しい剣戟の音が響いてきた。
剣妖と敵兵が切り結ぶと大抵は剣妖の一太刀か、続く追撃ですぐに決着がつく。少なくともこの戦場では、それだけの実力差があった。
だが、激しく剣と剣がぶつかり合う音は連続している。実力が拮抗していて、敵を倒しきれずに苦戦しているのだ。
夜闇のなかで火花を散らしながら打ち合う二つの影が見えた。
名前も知らない剣妖と、敵の中では比較的装備が豪華な相手だ。さらに二度、三度と剣を打ち合わせた直後、敵兵が瞬時に背後へと回り込みその無防備な剣妖の背中を斬りつけた。
(──今のは!? 剣技か!?)
明らかに異常な動きだった。突然の動きに対応できなかった剣妖が、その一撃で斬り伏せられてしまう。
俺は即座に妖刀剣技、『剣銘診断』を発動して敵の剣格を看破する。だが、一方でアンシッラの足は止まってしまった。
「ダン様……! ここは、どうすれば……!?」
目の前で仲間が斬り伏せられてアンシッラに動揺が走る。剣妖を斬った敵はまた別の剣妖に狙いを定めて駆け出そうとしていた。その先には複数の敵と切り結ぶヴィータの姿がある。
俺はアンシッラの太股を二度、妖刀の腹で叩いて叱咤する。
ここでお前が行かなければ、また一人、仲間がやられるぞ?
アンシッラは走り出した。
彼女に勝算などありはしなかった。
相手の得物はかなり頑丈そうな両刃剣。対するアンシッラは少し太くて長いだけの縫い針だ。剣の間合いも強度も相手にならない。
それでも俺が行け、と意思を示せば走り出す。この短期間でよくここまで成長したものだ。
お前がためらわずに敵へ立ち向かうなら、俺が剣となって敵を討ち果たそう。
俺はアンシッラの背中で息を殺し、妖刀・壇舎利を敵の視界から隠した。
ヴィータへと斬りつけようとしていた敵兵が、猛然と向かってくるアンシッラの存在に気が付く。
右手に針一本、それだけの武器で向かってくるアンシッラを見て、敵兵に迷いが生じたようだった。おそらく、アンシッラのことを暗器使いと見て取ったのだろう。放置するには危険と判断して向き直ると、真っ直ぐに突っ込んでくる。
あまりにも単調な突撃。剣を大きく振りかぶった体勢。一歩早い踏み込み。
容易に狙える致命的な隙に、アンシッラの鈍刀・皮縫い針が吸い込まれるように突き刺さる。
その瞬間に、敵兵の姿が煙のように掻き消えて、背後に気配が生じる。
すなわち、俺の妖刀・壇舎利が突き出される目前に。
「──がっ!? ……っな、なにが……」
驚愕と恐怖にゆがむ敵兵の表情がよく見える。
仕方のないことだ。
暗器使いだろうと警戒して、わざわざ隙を作って攻撃を誘い、切り札の剣技まで使って背後に回り込んでみれば、まさか背中に妖刀を持った赤子が潜んでいたなど誰に予測がつくだろうか。
『剣銘診断』で看破した敵の剣は、剣格六等級『霊剣・
剣銘が示すように、歩みの距離を瞬時に縮める剣技を可能とする霊剣だ。
かなり希少な剣であるし、その秘められた剣技も扱いやすく、強力だ。
それでも、事前にその剣技を見て、剣の特性まで看破してしまえば裏をかくのも容易である。
あるいは切り札としてではなく、常用できるまでに剣技を使いこなしていたなら結果はわからなかった。それほどに強力な霊剣であったのだが、担い手がかなり残念な奴だった。
「ダ、ダン様……? いったい何が起こったのでしょう……? あっ!? 痛いっ! また、そんな、髪を引っ張らないでくださぁい!」
呆然とするアンシッラの髪を引っ張って、俺はすぐに敵の持っていた霊剣・縮歩を拾うように誘導する。
「これが欲しいんですかぁ? でも私には扱いきれな──」
何か言おうとするアンシッラから霊剣・縮歩を奪い取ると俺は右手に妖刀、左手に霊剣を持って構えた。もちろん、アンシッラの背中に負ぶわれながらだ。
ぎぃんっ、と剣を打ち鳴らすと、多くの視線が俺達に集中する。地に伏した元霊剣の担い手を見て、震え上がる敵兵も少なくない。
背中から二本の妖刀・霊剣を生やした異形の剣妖、武装女中アンシッラを前にして敵集団は瓦解した。
間違いなく、元霊剣の担い手が敵の隊長格だったはずだ。
その証拠に敵武装集団は大いに混乱をきたして、戦意も失うと次々に剣妖部隊によって討ち取られていく。
基本的に生かして捕らえることはしない。動けなくなる状態まで切り刻んで、それでも運よく生き延びたら、適当に拷問して情報を吐かせる程度だ。
剣妖部隊の任務は、国境侵犯した敵勢力の殲滅である。
面倒な仕事はしない代わりに、敵の討ち漏らしもしない。
すっかりと敵武装集団を殲滅しきったときには、日は昇り夜が明け始めていた。
薄い煙と小さな火がくすぶる民家を前に、敵兵の所持品を整理していたアンシッラに部隊長のヴィータが声をかける。
「任務完了ですね。アンシッラ、お疲れさまでした。あなたも少し休んでください」
「ヴィータさん……あの、犠牲になった部隊の方は……」
今回の戦闘では、剣妖部隊から一名の死者が出ていた。
悲しそうに目を伏せるヴィータは、仲間を弔う剣妖部隊の面々を指さして答えた。
「……ハンナ。農村部の出身で、家族は流行病で亡くしています。孤児として剣妖部隊に入ってからは、ただ生きるために剣を振ってきました」
そう言ってヴィータは一振りの刀を取り出す。剣妖ハンナから回収した刀だった。
「剣格十等級『悪刀・辻斬り』。妖刀とも言えない、粗悪な呪詛の込められた刀を持たされて……。常日頃から湧き出る殺意を必死に抑え込んで、人斬りの衝動を自傷で代償とするような優しい子でした」
「彼女の遺体は連れて帰るのでしょうか?」
「いいえ。まともな墓など用意されませんから、せめて土地のあるここで埋葬していきます」
領地を守るために戦ったのに、墓すら与えられない。それが剣妖部隊の扱いだった。
「アンシッラ、その戦利品……もしかして霊剣ですか? ダン様が気に入っているようですが、そこまでの業物だと領主様に献上しないとなりません」
「え……!? これ、そんな貴重なものなんですかぁ!? ダン様、手放してくれるでしょうか……?」
じっと俺のことを見つめてくるヴィータとアンシッラ。
あのクズ親父に献上というのが気に食わないが、正直この霊剣は俺の手に余る。というか、率直に言って邪魔にしかならない。何の感慨もなく、ぽい、と俺は霊剣・縮歩を放り捨てた。
慌ててヴィータが拾い上げるが、俺はもうその霊剣に興味はない。
「この霊剣が下賜されれば剣妖部隊の強化に繋がるのでしょうけど、たぶんないのでしょうね。剣妖部隊で引き継がれるのは悪刀・辻斬りの方……」
「そんな危ない刀、使わない、ということはできないんですかぁ?」
「無理でしょうね。皮肉にも一番苦しめられたハンナが使える前例となってしまいましたから」
全く使い物にならず害悪であるなら鋳潰されるところだが、無理をすれば使えてしまったからこそ、この悪刀は折れて使えなくなるまでは剣妖部隊と共にあるのだろう。
その後、剣妖部隊は交代で休息と作業を繰り返して、戦利品の整理と敵武装集団の情報になるような品を収集して村を出た。
無念なことに村民の生き残りはいなかった。
最初に襲撃された村にも残党が潜んでいる可能性があったので、そちらの村にも向かったのだが、生きている人は誰もいなかった。
たぶん、同じ武装集団によって村は襲われたのだろうと判断された。襲撃には総力であたるため、全員で移動してきたものと考えられる。
そして、正確な答えは武装集団の遺留品を持ち帰っての鑑定待ちとなるが、剣妖部隊では既に敵の正体については検討がつけられていた。
「十中八九、クノッヘンの兵でしょうね」
「隠す気もなかったんじゃねーの、これ?」
後日、隣国クノッヘンから正式に、『ディアブルグ辺境伯領の工作員による国境侵犯とクノッヘン領土での戦闘行為に対して、報復措置として国境最近接の村を滅ぼした』との声明が出された。
事実上の宣戦布告である。
壇舎利転生―世界を捨てて異世界へ 山鳥はむ @yamadoriham
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