第23話 襲撃者たち


 一晩の休息を終えた剣妖部隊は、日の出と同時に軽食を取るとすぐに要塞都市デオールを出発した。

 武装集団に襲われたという村は南西に歩いて二日の位置。剣妖部隊がデオールまでやってくる期間も加えれば少なくとも五日以上の日数が経過してしまう。

 もう既に別の場所へ移動していてもおかしくはない。


 デオールで軽く情報収集したところでは、襲われた村から逃げてきた村人の報告で事件は発覚したらしい。それ以降、要塞都市デオールは厳戒態勢となり、ディアブルグ辺境伯への連絡員を送った以外には、守りに徹することに集中して周辺の調査へは人手を割いてはいなかった。

 つまり、ほとんど情報なしで敵が待ち構えているかもしれない場所へ乗り込んでいかなくてはならないのだ。


(……最悪なのは敵が既に移動していて、後手に回ることだな。先に近隣の村の様子を見に行った方がいいのか?)

 俺が考えていたことは剣妖部隊の隊長であるヴィータも考えていたようで、彼女は器用にも歩きながら地図を広げて、エズーリオやカプラと武装集団の行動予想を議論していた。

「敵の目的が国境近くの村の制圧なら、次に狙われる村はどこでしょう?」

「う~ん……国境沿いの森近くにある別の村かぁ? それとも進軍目的なら、国境からは遠いけど領都に近い街かなぁ……。わっかんねぇよ、敵の狙いも見えていないんじゃさぁ」

 難しい顔をしながら唸るエズーリオに、木の枝をかんざし代わりに髪をまとめたカプラが地図の一点を指さして意見する。

「領都に近い方の街なら、後発の辺境伯軍が対応できるだろう。すぐにも防衛が必要なのは森近くの村だ。そこなら私が案内できるし、その村が無事なようなら、最初に襲われたという村へ向かえばいいと思う」


 敵がディアブルグへの進軍を目的としているなら、ディアブルグ辺境伯領の領都への最短ルートを抑えにくる可能性がある。

 一方で、敵の目的が国境線の拡大であれば、国境近くの村が敵の拠点として抑えられる。最初の村だけで満足していればいいが、略奪目的も含めて考えると近くの村は襲われる可能性が高い。

「そうであれば目的地は森近くの村へ変更ですね。急ぎましょう。カプラ、案内を頼みます」

 ヴィータは即決すると進路を森近くの村へと定め、カプラを先頭にして剣妖部隊は軽く駆け足で目的地へと向かう。

 軽い駆け足といっても重い荷物を背負ったまま、長時間の行軍だ。アンシッラの体力がもつのか心配になったが、彼女の呼吸と鼓動は普段より少し早いくらいで、しっかりと剣妖部隊に付いていけていた。

 ちょっとばかり遠征を経験したからといって、すぐに体力が付くわけでもないはずだが、剣妖というやつは体のつくりも普通の人間とは変わってくるのだろうか。

 俺自身もまた……。




 太陽が沈み、辺りが夕闇に包まれる頃。

 剣妖部隊はカプラの案内で森を駆け抜けていた。先行するカプラの補佐として、意外にもオクリスが傍に付いて薄暗い森の中を部隊が迷わないように誘導していた。

 本来、夜の森を進むなど正気を疑う行動だが、剣妖部隊は各々の特殊な能力を活用して行軍を可能にしていた。

「……ぅっ!? おい、ヴィータ!! ……きな臭いぞ」

 エズーリオが鼻を鳴らして警告を発する。

「えぇ……。私にも、見えましたよ」

「空が……明るい……」

 ヴィータが森の木々の隙間を縫うように空を見上げ、オクリスもまた俯きがちの顔を上げてぽつりと呟く。


 夜空が赤く照らされるほどの光。

 その光を受けて、幾筋も立ち昇る黒い煙が見える。

 先頭を行くカプラが大きな声を張り上げた。

「もうすぐ森を抜けるぞ!」

「総員、抜刀!! 戦闘準備!! 目的地の村に着き次第、敵を斬れ!!」

 ヴィータの号令に従い、剣妖部隊八名が各々の剣を抜き放つ。


「……戦闘……これから……」

 アンシッラの背中が小刻みに震えている。

ゆっくりと右腕に仕込まれた『鈍刀・皮縫い針』を手の甲に沿って引き出す。

 彼女にとっては二度目の実戦だ。


 森を抜けた。

 視界が開けて、燃える民家と歩き回る人の影が目に入る。

 地面には村の人間と思われる倒れ伏した人影も散見された。

 今、立って歩いているのはほぼ敵とみなして間違いない。


 先陣を切ったのはカプラだ。

 大鉈『鈍刀・枝落とし』を振りかざしながら、たいまつを持って歩く武装した人間に迷いなく襲いかかる。

 技も何もない、薪を断ち割るかのような大振りの一撃が、こちらの接近に気づくのが遅れた賊の脳天をかち割った。


 続けてオクリスが夜の村落を走り抜ける。

 いつも焦点の合っていなかった虚ろな目は、今ひと時だけは敵を鋭く見据えていた。

 辺りをうろついていた二人の賊に駆け寄り、大太刀『名刀・曇り眼』の円を描くような一閃で、首二つを同時に斬り飛ばす。

 凄まじい剣技の冴えだった。

 鍛錬によって剣筋を磨き上げた者に特有の研ぎ澄まされた動き。剣格こそ九等級だが、剣妖部隊にはこのような剣の使い手もいたのか。


 最初の交戦を終えたところで、遠くから怒号が聞こえて村の中が騒がしくなる。

 武装集団も襲撃を受けていることに気が付いたのか、わらわらと剣や盾を持った者達が姿を現す。

 奇襲でもう少し数を減らせるかと思っていたのだが、想定以上に相手の反応が早い。武装した姿も統一感があり、どこかの国の正規兵のような装いだ。

 ――どこか。見たことがある、クノッヘンの国境警備隊。彼らに似た装備だ。


「こいつらっ! クノッヘンの兵隊じゃねぇかっ!?」

 妖刀・餓鬼包丁を振り回し、物陰から飛び出してきた人影を容赦なく横薙ぎにするエズーリオ。

 胴体から上下真っ二つになって転がる死体には目もくれず、エズーリオは次なる敵を追いかけ始めた。


 戦域が拡大していく中、アンシッラはどう動くべきか二の足を踏んでいた。

 俺はとにかく足を止めるな、と指示を出すように妖刀・壇舎利を鞭代わりにアンシッラの太股を叩く。

「ひゃぁっ!? ダン様……!? 行きます! 私も行きますから!!」

 鞭を入れてやることでアンシッラも決断ができたのか、いまいち目標も定まらないまま駆け出す。

 走っている道すがら、武装した敵の横を通り過ぎてしまう。敵もいまいち戦意に欠けるアンシッラに戸惑うが、すぐに思い直して剣を構えると追いかけてくる。


 背後から近寄ってくる敵。その首を、俺は無造作に振るった妖刀・壇舎利で斬り飛ばす。

 しゃり、しゃり……と。

 耳障りな幻聴を聞きながら、移動はアンシッラに任せつつ、俺は擦れ違いざまに斬りつけて敵の駆逐に力を入れる。

 ふと、アンシッラの鼓動が跳ね上がる。どくん、と力強く響いた心臓の音は、アンシッラが見つめる先に反応したようだ。

 武装した男が、武器も持たない若い娘へ覆いかぶさるようにして乱暴を働いている。

 とても静かな足取りで、アンシッラは武装した男の背後に近づくと、流れるような仕草で右手に仕込んだ『鈍刀・皮縫い針』を鎧の隙間から刺し入れる。

 脇から心臓をめがけて突き入れられた太い針は、武装した男に抵抗を許さず絶命させた。


「はぁー……っ……はぁー……」

 荒い息を吐きながら、アンシッラは男の死体を蹴り飛ばして、下敷きになっていた若い娘の様子を確認する。

 若い村娘は背中を深く切りつけられており、もはや虫の息だった。そんな状態で乱暴されていたものだから、体力も残されていないのだろう。助かったというのに、虚ろな瞳でアンシッラを見返してくるばかりだ。

(……いや、この状況ではもう助けられはしないか……)


 村は戦場と化して間もない。この深手で命をつなぐかわからない人間の手当に時間を割く余裕はない。

 そして、この娘は今、傷の手当てをしなければ絶対に助からない。

 アンシッラもすぐにその事実を認識して、村娘の体を優しく横たえると立ち上がった。周囲を見回せば、今もあちこちで戦闘が行われている。どちらが有利かと言えば、奇襲を仕掛けた剣妖部隊が一方的に蹂躙しているようにも見える。

 事実、剣の腕は剣妖達の方が数段上のようである。ただ、村に入り込んだ武装集団の数がそれなりに多い。奇襲の勢いで押し切らねば、数で逆に押し返される恐れもある。

「行きましょう……ダン様。一人でも多く、賊を討ち取らないと……」

 青ざめた顔からは、いまだ戦場に慣れない少女の表情が読み取れたが、足取りは先程よりもしっかりと敵を目指して踏み出されていた。


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