【第11話】風の支配者

 風が吠えていた。

 塔の目前に立ったシエラたちを拒むように、砂と風が渦を巻く。


 「こいつ……ただの風じゃねぇな」

 シエラが目を細め、額の汗を拭った。

 塔の入り口に立ちはだかるのは、無数の“風の兵士”だった。

 輪郭は曖昧で、光を透かすように淡く揺らめいている。

 だがその動きは人間のように整然としており、明確な意志を感じた。


 「攻撃して……こない?」

 どうやら風の兵士は塔の入り口を守っているだけのようだ。

 「このまま通してくれたりなんて……しないよなぁ」

恐る恐る塔の入り口に近づいてみるシエラだったが。

 「あっぶねぇ……な!!」

 突如として攻撃を仕掛けてくる風の兵士。

 シエラはひらりと身をかわし兵士の胴体に蹴りを入れた。

 「えっ?」

 風の兵士の体を通り抜けシエラの蹴りは文字通り空を切った。

 「攻撃しても意味なさそうだね……風そのものだ」

 クウが呟いたのも束の間。


 「なら力で押し切る!」

 シエラが拳を構え、砂を踏みしめて突進した。

 だが、拳が触れる前に突風が巻き上がり、シエラの体が宙に浮いた。

 「ぐっ……なんだこいつら!」

 ギルがすぐにその腕を掴み、地面に叩き戻す。


 「攻撃は通らねぇ。だが、向こうの攻撃は……」

 言い終えるより早く、風の刃が砂を切り裂き、ギルの頬をかすめた。

 切り傷が走り、血が砂に吸い込まれる。


 「……こりゃ厄介だな」

 ギルが短く呟く。


 「どうすんの……このままじゃ埒が明かないよ!」

 クウが焦りをにじませる中、ふと視界の端で何かが光った。


 青白い、点のような光。

 風の兵士の体の中心で、ほんの一瞬だけ輝いたのだ。


 「待って……あの光!」

 クウが指差す。

 「あそこだけ魔力の濃度が高い!魔力の核、あれが本体かもしれない!」


 「なるほどな、そいつを壊しゃいいんだな!」

 シエラが勢いよく駆け出した。

 今度は魔力の核目掛けて、正面から突っ込む。

 拳が青白い光を捉えた瞬間、爆ぜるような風の音が響いた。


 風の兵士は、霧散した。


 「やった!」

 クウが声を上げた瞬間、背後から再び砂煙が立ち昇る。

 今度は三体、いや五体か——次々に新しい兵士が生み出されていく。


 「マジかよ、」

 シエラが歯を食いしばる。

 「核を狙うのは正しいけど、数が増えすぎてる」

 クウが息を詰めるように呟く。


 そのとき、空が唸った。


 砂嵐が一段と激しさを増し、視界が一瞬で白に覆われる。

 砂が頬を切り裂き、息も吸えないほど。

 立っているだけで限界の嵐——。


 「見えねぇ! どこにいる!?」

 シエラが叫ぶが、声も風にかき消された。

 ギルの輪郭さえ霞む。


 クウは目を閉じた。

 息を整え、集中する。


 「……"探知ディテクション"」


 微細な魔力の波が空気に走り、砂嵐の向こうのすべてを“視た”。

 風の流れ、核の位置、三人の立ち位置さえ、すべてが網のように脳裏に描かれていく。


 「二時の方向に三体! ギルは左の1体を頼む!」

 「了解」

 ギルが短く応え、影のように動いた。


 「シエラ! 正面にも一体、そのまま拳を振え!」

 「任せろ!」


 シエラは砂を蹴り、拳に渾身の力を込めた。

 シエラの拳が炸裂し、青白い光を正確に貫いた。

 風の兵士は悲鳴のような音を上げて四散する。


 「まだいる! でも位置は全部見えてる!」

 クウの声が風に響く。


 目も開けられない嵐の中で、彼の声だけがニ人を導いていた。

 それはまるで天に流れる川のように。


 次々と光が弾け、風の兵士たちは消えていくが。

 消えるのと同時に新しい兵士が突風という名の産声を上げる。


 「キリがない……!」

 クウが目を開く。汗が額を伝う。


 「ここは僕に任せて。二人は先に行って」

 「おい、そんなこと——」

 「平気。僕なら大丈夫」


 その瞳に迷いはなかった。

 ギルが短く頷き、シエラの肩を叩く。

 「行くぞ」

 「……ああ」

 シエラとギルは塔の入口へと走った。


 「おっと、2人は追わせないよ! さぁて、本領発揮と行きますか!」

 風の塔を背に、クウの魔力が膨れ上がった。


———


 塔の内部は、外とは異なり静寂に包まれていた。

 石造りの階段が延々と上へ伸び、壁には風紋のような装飾が刻まれている。


 「……嫌な空気だな」

 シエラが呟く。


 その瞬間、床の紋様が青く光り、仕掛けが発動した。

 突風が逆巻き、壁の一部が回転して二人を押し潰そうと迫る。


 「うおっ!?」

 シエラが身を捻り、ギリギリで避ける。

 ギルが斧を振り、壁の金属を叩き割って停止させた。


 「仕掛けか……」

 「歓迎されてねぇな」


 それでも二人は階段を駆け上がる。

 途中、またも風の兵士が現れた。今度のものは先ほどよりも濃く、輪郭もはっきりしている。

 シエラが突進するが、風の刃が交差して進路を遮る。


 ギルが背後から斧を突き出し、核を正確に貫いた。

 「さすがだな」

 「黙れ」

 いつもの短い返事だったが、その声に少し熱がこもっていた。


 階を上るごとに、罠も敵も強化されていく。

 床が崩れ、天井から鎌状の風が降り注ぎ、魔力の罠が閃光のように爆ぜる。

 それでも二人は止まらない。


 「ぜってぇ、頂上まで行く!」

 「行くしかねぇ」



 嵐が、世界を飲み込んでいた。

 砂と風が混じり合い、空も地も区別がつかない。

 その中心で、ひとりだけ静かに立っている青年がいた。


 「……行くよ、アルナス!」


 クウは息を整え、腰の天星器"星銃アルナス"を構えた。

 漆黒の銃身が微かに唸り、銀の星紋が淡く輝く。


 周囲を囲む風の兵士たちは、数十体。

 まるで嵐そのものが人の形を模ったように、揺らめきながら迫ってくる。


 「……風は掴めない。でも、流れは“読める”」

 クウがふっと息を吐く。


 瞬間、魔力の波が放たれ、空間に見えない線が描かれていく。

 兵士たちの魔力——青白く光る核の位置が、まるで星図のように浮かび上がった。


 銃口をわずかに傾ける。

 「充填!」

 魔力が集束し、弾丸が生まれ装填された。


 「ふふーん、かっこいいだろ!星銃アルナスは持ち主の魔力を弾丸という形でこめることができるんだ! って聞いてないか!」


 銃身に宿る魔力が音もなく回転し、空気の粒子を震わせた。


 「じゃあ、始めようか」


 砂嵐が吹き荒れる中、クウは冷たい風を受けながら引き金を引いた。

 光弾が一直線に飛び、風でできた兵士の核を貫く。

 ──青白い閃光とともに、その身体が霧散した。


 「うん、いい感じ!……よし、次」


 銃身を素早く傾け、次の標的を定める。

 充填した弾丸が淡く光り、砂を切り裂いて連続射撃を放つ。

 弾丸が風の兵士たちの核を正確に撃ち抜き、ひとつ、またひとつと消えていく。


 「……この距離なら、なんとかなるね」


 そう呟いた瞬間、右側を疾風が駆け抜けた。

 砂煙の向こうで、ひときわ速く動く影が弾丸を避けて滑る。

 その動きはもはや人の目では追えない。


 「速っ!……だったら」


 クウは反射的に銃を持ち替え、銃口を宙に浮かぶ光へ向ける。

 「"追跡銃撃ホーミングショット"──!」


 放たれた弾丸が、光の尾を引きながら軌跡を描く。

 逃げる風の兵士を、まるで生き物のように追尾していく。

 右へ、左へ、縦横無尽に走る影。

 しかし、弾丸は離れない。


 「当たるまで、追いかけるよ……!」


 そして、青白い核に光弾が突き刺さった瞬間──

 轟音と共に、風の兵士が霧のように弾けて消えた。


 「ふぅ……やった……」


 しかし、休む間もなく周囲がざわめく。

 砂の海がうねり、無数の光が一斉に浮かび上がった。

 まるで砂漠そのものが敵の群れになったようだ。


 「……多すぎる。これじゃキリがない」


 額の汗を拭い、クウは銃を構え直す。

 「しょうがない……"小撃連射ガトリング"!」


 魔力の奔流が銃身に走り、連射の光が闇を裂く。

 放たれた光弾が雨のように降り注ぎ、次々に風の兵士たちを貫いた。

 撃つたびに青い閃光が砂上で弾け、風の形を保てなくなった兵士が崩れ落ちる。


 「──まだ……終わらないの?」


 ガトリングの光が止む。

 銃身から立ち上る熱気が、クウの頬を照らした。


 「しょうがない……消耗激しいからあんまり使いたくないんだけど……最大魔力充填!」


 そのときだった。

 突如として空気が変わった。


 「……?」


 音が消える。

 次の瞬間、砂嵐が天を裂くように吹き荒れた。


 「うわっ……!」


 身を伏せるクウの視界を、黄金色の砂が覆い尽くす。

 暴風が肌を切り裂くように痛い。

 どこから風の兵士が来るのか、もう見えない。


 「やば、敵を探知しないと……」


 そう思った瞬間──嵐が、不意に止んだ。


 音も、風も、何もない。

 さっきまで無数にいた風の兵士たちも、影ひとつ残っていない。


 「……え?」


 静寂の中、クウはゆっくりと銃を下ろした。

 砂の上に、自分の足跡だけが続いている。


 「……なんだったんだ、今の?」


 ぽつりと呟き、乾いた空を見上げる。

 砂塵の向こうに、遠く塔のシルエットが見えた。


 「……シエラ、ギル。二人とも、もう中か」


 アルナスの銃身を軽く叩き、クウは静かに笑った。

 「俺も今行くからね!」


 風が再び吹き、彼の裾を揺らす。

 砂漠の匂いを吸い込み、クウは塔の中へ足を踏み入れた。

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ゾディアックナイツ イッシー @yuki_ishii

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