美しい花 | ディストピア短編集 #3

りんりん

美しい花

2049年。

世界で最も美しいと称される花、《レグリア》

波打つ花弁、複雑な構造、虹のような色彩。奇跡のような美しさを持つ花だった。それも当然、レグリアはAIが生み出した架空の花だった。


写真家のP氏も、その花に魅力された一人だった。AI生成が写真の主流となり、創作をやめていた彼の心に、レグリアは火を灯した。


「俺はこの花を撮りたい」


AIが生み出したのならば、きっと基になった花があるのだろう。

P氏は、レグリアについての調査をはじめ、ついに辺境の植物園の古資料で、レグリアに酷似した花の記録を見つけだした。断片的な情報ながら、その花が存在した記録だった。


P氏はカメラを手に、その花が自生していた記録がある山奥へと足を運んだ。幾日も歩き、捜し回り、ついには、その花を見つけた。


美しいとは言えなかった。

色はくすみ、形は不揃いだった。

だが、それは生きていた。

確かにそこに咲いていた。


彼は夢中でシャッターを切った。

揺れる花弁、差し込む光、空気の匂い。すべてをフィルムに焼きつけた。


写真は完璧だった。


写真のその花は、曖昧で、傷んで、そして、息づいていた。


P氏はインターネットで作品を公開した。だが、公開から数時間後──削除通知が届いた。


「画像はAI生成物レグリアと形状が異なるため、不適切と判断されました。誤情報の拡散防止のため、撮影者は記録禁止措置の対象となります」


彼は取り調べを受け、機材を没収され、矯正施設に送られた。


数か月後。

社会復帰を果たした彼の目に、こんなニュースが飛び込んできた。


「現実の花は、認知されているAI画像と一致するよう品種改良を行うこと」

「自然種であっても、形状の異なるものを公開する行為は禁止する」


以来、自然は美しさに合わせて整形されるようになった。


P氏は、かろうじて押収を逃れた一枚のプリントを手に取った。


少し歪み、虫に喰われた・・・

だが、確かに咲いていた証拠。


彼はそれを、そっと机の引き出しにしまった。


【あとがき】

AIが生み出す「美しい花」は、世界中のあらゆる場所を飾る。

誰もが簡単にその映像を手に入れ、誰もがそれを称賛する。

しかし、その「美」は均一で冷たく、どこか味気ないものだ。


本物の花を求める者は、「非効率」として排除され、煙たがれる。


「美しい」とは何か。

誰が「美しい」と決めるのか。

アルゴリズムが作り出した美に感動する人々。

人々の眼はもう、人の眼ではないのだろう。

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