鈴宮小雪と四季折々

染井雪乃

秋:人も葉も枯れ落ちる

 永続的に続くものなどない。それは人の縁も樹も同じことだ。鮮やかな赤や黄の葉が落ちていくさまをぼんやりと眺める。葉が落ちても冬を越してまた春に緑の葉をつける。つまるところその程度の喪失は生命維持を左右しない。必要な工程に過ぎなかった。

 枝葉が落ちるまでの方が遥かに面倒くさかった。なぜ落ちるのか、それは誰のせいなのかを延々と、支離滅裂に、冷静な指摘と思いこんだまま、粘着質に長文を送りつけられた。テキストを読むのは仕事上得意だが、ここまでどうでもいいことを長々と送られると読む気も失せる。こんなものを送られてしまえば、修復の可能性もない。言ってしまえばこれは最後にこちらを疲弊させるための攻撃でしかないのだった。こちらの疲れやすさを知った上でのこの所業は悪質極まりない。

 その程度と理解してもなお、情報にふれてしまえば疲弊する。相手の思惑通りになってしまい腹立たしいことこの上ないが、揺るぎない現実だ。思わず舌打ちが漏れる。本当に面倒な相手だった。


 切り替えなくては、と鈴宮すずみや小雪こゆきは呟いた。一人暮らしの1DKで、友人が“元”友人に変わった瞬間を記録した画面を保存してあまり開かないフォルダにしまう。スマホで音楽配信アプリを立ち上げる。リラックス効果のある曲を集めたプレイリストが再生され始めた。小雪が好む焚き火の音やカフェで流れる穏やかなBGMがランダムに流れてくる。

 歌詞のない曲達に耳を預け、小雪は食器洗いに移った。友人が減ろうと増えようと些末なことだ。何があろうと食事はしなければならないし、食事をすればゴミも洗い物も出る。悲しんでいる暇はない。特に悲しくもなかったが、こういうときには悲しむのが自然だと知っていた。悲しいはどうやってやればいいのかな、と他人事だった。

 疲れさせられて動揺してはいたものの、小雪は友人の減少を悲しんではいなかった。背景が移り変わるだけのことだ。

 冷たい水で心地よく皿を洗いながら、しばらく考えて気づいた。友人でなくなったなら、もう会うこともない。それなら正解を出す必要などない。小雪は何もしなくていいのだ。自然と口角が上がり、微笑んだ。

「それなら、何も考えることはないな。一件落着だ」

 何もしなくてよくなった。解放だ。脳の容量が一人分空き、その分を何に使おうかと夢想し始めた。友人に絶縁されて動揺していた時間はわずかだった。切り替えが迅速なのも長所と自負している。


 ルーティンをこなし、淡々と作業を始める。家計簿アプリへの入力、公的な書類の記入、そして次の診察日の予定の検討。

 小雪は難病患者で、定期的に医療費の助成を受けるための書類を提出したり、診察を受けたり服薬したりする必要があった。日常生活に多少の制限はあるものの、立って歩くにも外出するにも他人は必要ない。禁煙や体調管理を心がけていても、病気は容赦なく期待を裏切り、不調をきたす。ままならない生活こそが小雪の病状だ。小雪の患う病に治療法はない。薬を飲んで日常生活を送れることだけが不幸中の幸いだ。だからこそ難病なのだ。

 治らないとわかって病院へ行くほど気が滅入ることがあるだろうか。それでも診断書を貰って必要書類を出さなければ、小雪の生活はより脆弱になる。ままならない病とともに生きていくには、面倒な手続きでも何でもやるしかない。

 元友人との出来事はとうに頭から消え去っていた。翌朝になって寝ぼけた頭で絶縁のことを思い出したほどだった。


 今日は調子がいい。

 朝が来ると、小雪はすぐに今日の体調を感じ取る。今日は好調のようだ。それならできるだけ多く仕事を進めてしまおう。

 朝ごはんを食べ、パソコンを立ち上げる。医療や科学関連の翻訳が、小雪の生命線だ。突然の不調に備えて前倒しで業務を進めておくことにしている。

 キーボードを叩き、小雪は円滑に仕事を進めていく。仕事を通じて新しい知見にふれること、言葉を扱うこと、そのすべてが小雪には魅力的に映った。

 時間差で届いた元友人からの追加のメッセージにはろくに目も通さず記録だけ取ってブロックした。二度も無駄に疲れてなるものか。翻訳の進行に影響を出したくない。ブロック済みの表示に小さな達成感を覚え、目の前の仕事に戻った。

 外では色彩豊かな葉がすべて落ち、風に吹かれてどこへともなく消えていった。見慣れた風景だ。冬の訪れを予期し寂寥感はあるが、次の瞬間にはあたたかい紅茶のことを考えていた。ストレートもいいけど、ミルクティーもいいかもしれない。


 こうして季節は進んでいく。 

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鈴宮小雪と四季折々 染井雪乃 @yukino_somei

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