下の毛を剃ったら温泉に行きづらくなった件

鈿寺 皐平

同期との飲み会にて

「俺、なんで男に○ン毛が生えてるのか分かったわ」


 お酒の一口目が一番旨い。そう思ったのは、じゅんすけのこの発言を聞くまでだった。


「どうした急に」


「いや、俺って温泉が趣味だって前に話したやん?」


「あー、うん」


「俺、この前の連休に温泉行ったんだよ。で、その時さ、妙に他の男たちの視線を感じるなって思ったわけよ。そして気付いたんだよ。俺、前日に○ン毛剃ってたんだって」


 順之助って別にお酒に弱い人間じゃなかったはずなんだけど、なんでこいつ開口一番○ン毛の話してんだ?


「もう酔ったのか?」


「いや、これ真面目な話なのよ! 相談してんのよ! 俺!」


「これ相談だったのか……」


「うん! 相談!」


 なら一言目はもうちょっと考えて発言するべきだと思うが。男に○ン毛生えてる理由が分かったって聞いて、「あ、こいつ悩んでのか」とはならんだろ。


「どんな相談だよ」


「○ン毛剃っちまったから温泉行きづらいって相談だよ!」


「どんな相談だよ」


 今まで生きてきて初めて聞く相談だった。自分の中で衝撃よりも呆れがまさっている分、順之助のその相談が真面目なものに思えなくなっている。


じゅんなら分かってくれると思ったから今話したんだよ」


「その悩みをなんで俺なら解決できると思ったんだよ」


「友達だからだよ! あと男だからだよ!」


 その条件に当てはまる奴なら他にも絶対いただろ。


「とりあえず、なんで毛を剃ったら行きづらくなるんだよ」


「見られるんだよ、めっちゃ! 視線を向けられてるのが分かるんだって! 他の男のアソコには○ン毛生えてるのに、俺だけ剃っちゃって生えてないから目立つんだよ!」


「ならしゃあないやろ。タオル腰に巻いとけばええやろし」


「それだと解決しないんだって! ぶねに浸かる時とか体洗う時とかに解くからその一瞬でも見られるんじゃないかって気が気じゃないんだよ!」


「なら生えてくるまで温泉行かなきゃええやん」


「だから俺の趣味は温泉なんだって! 大浴場とサウナに行くのが趣味なんだよ! その趣味を○ン毛が生えてくるまでお預けとか無理だろ!」


 知るかよ。てか下の毛剃ったのお前じゃねぇか。


「別に見られても堂々としとけばええやん。なんも恥ずかしがることないし。見せとけばええやろ。周りの男たちにもあるもんなんやから」


「いやでも、見てくる奴いるんだって! てかいたんだよ! やけに視線を俺の股間に当ててくる奴!」


 言い方が絶妙にキモイし、飲みの場でするにはちょっと過激な気がしてきた。酒が全然進まねぇ……。


「てか、女子の方はどうなん? ○ン毛剃ってきてる人見かけたらどう思う?」


「いや、そこは俺知らんけど」


「あ、いや、影山かげやまに聞いてる」


「え、影山?」


「うん、隣座ってるやん」


「え? うぉっ!?」


 え、影山さんいたのか。全然気付かんかったわ……。


「あ、ごめん。いるの気付けんかった」


「別に。なんか知んないけど私、話さなかったり突っ立ってたりしてると『影薄いね』って言われるんよね。話し始めたら『オーラあるね』って言われるんだけど」


 順之助や俺と同じ代に新卒で入社した影山さん。俺たちは新卒研修の時にランダムで班を組むこになった三人。その時に仲良くなってから、現場に入った後にまたこうして集まって飲むのはなんだか感慨深いものがある。


「で、女子の方はどうなん? ○ン毛剃ってる人見かけたら」


 まあ、そんな懐かしいと思うことも一瞬で打ち砕く順之助の口を早く閉じてしまいたいわけだけど。


「なんでそれ聞くわけ。普通にノンデリ発言なんだけど」


「いや、そういう人見て気にするか気にしないかだけ教えてくれ! マジで頼む!」


 そんな頭下げて手を合わせて聞くことなのか……。でも順之助からしたら、それくらい死活問題なんだろう。


「うーん、私は別に。女でそういう人は珍しくないし。あってもなくても……別に気にしない」


「うお、マジか! うわー、なら男で○ン毛剃ってる人は女湯入っていいって温泉とかねぇかなー」


「ないだろ。あったら男全員剃ってくんじゃねぇか。そんなん実質混浴風呂だろ。てか、混浴いけばいいんじゃね?」


「いや、そこにも男いるならダメだろ。あいつら見てくるもん。女子だけがいるところで入りたいんだよ! そしたらあそこ見られないと思うんだよ」


 絶対がっつり見られるだろ。何言ってんだ本当に。


「いや見られるだろ。女にはないもんが付いてるんだから」


「あ……うわ、そうだわ! なんだよ、結局女子も一緒やん! やっぱり○ン毛は剃るもんじゃねぇわ」


 さっきからマジで何言ってんだこいつは。いい加減にしてくれ。酒がまともに飲めねぇ……。順之助のせいでこっちは笑いこらえるのに必死だわ。


「なんで剃ろうって思ったのよ」


「そりゃあ、毛が長くなって服のチャックとかパンツに絡まって痛かったからだよ。影山もそういう時あるだろ」


「……ねぇ、なんでこいつこんなノンデリなわけ?」


「まあ……そういう奴なんですよ」


 発言は最低だけど……ごめん、影山さん。俺は割と嫌いじゃないんだ。


「そんなデリカシーなかったら彼女できないよ?」


「あ、影山さん。順之助、もう二年付き合ってる彼女いる」


「え、嘘でしょ?」


「いや、俺いるぜ。大学時代から付き合ってる。結婚式、もしかしたら二人呼ぶかもだからさ、その時はご祝儀頼むわ」


「え、もうそこまで話進んでんの?」


「いやまだ。同棲はもうしてるけど」


 影山さんの信じられないといわんばかりの横顔には、さすがの俺も共感しかない。


「てかその話、彼女さんにすればいいじゃん。なんでわざわざ私にそれするの?」


「いや、彼女にも聞いたんだよ。でも女子一人だけの意見だとあんまりピンと来ないから念のため身近な女子の影山にも聞いたってわけ」


「あー、そう」


 呆れてお酒のグラスに口を付ける影山さん。よくこの話題をしてる中で飲めるな……。


「てか、最初に言ってた下の毛が生えてる理由って、男みんな生やしてるからとかそういうオチか?」


「いや、違う! ○ン毛生えてる理由は、あれセルフモザイクだわ! ○ン毛がある分、○ンコあんまり見えなくなってて気になんないんだよ! 毛で隠れてるから」


「順之助、さすがに飲みの席だからもうちょっとオブラートに包んでくれ」


「あ、○ン毛で隠してほしいってことか?」


 ダメだ、酒の入ってるグラスを目の前のニヤケ面してる男の脳天に叩き落としたい衝動が湧いてきてる。しずまれ、俺の右腕。耐えろ、耐えるんだ……!


「分かった。下の毛があれを隠してるから必要ってわけね」


「そうそう! アソコの毛は棒を隠す役割を担ってるってわけよ! だから下手に剃っちゃダメなわけ」


 本当は保護するためとかそういう理由だと思うんだけど、これ以上この話を広げるわけにはいかない。隣の影山さんが何をしでかすか分からない。


「まあ分かったよ。次下の毛剃る時は慎重にしろよ」


「そうそう! てか二人もな! アソコの毛を剃る時は温泉のこと考えといた方がいいぞ! 俺の二の舞になっちまうから!」


 俺と影山さんは気にしないって言ってるんだが……まあ、もういいや。とりあえずここは素直に首を縦に振っとこう。


「よし。で、だ。来週末に温泉行くんだけど、○ン毛剃っちまってるから行きづらい。これどうしたらいい?」


「それまだ聞くのかよ」


「だってまだ答えもらってねぇもん。俺に答えをくれ! ○ン毛がなくても平気な顔して温泉に入れる方法を教えてくれ!」


 俺は今、驚愕の事実に気付いた。今日が月曜日だっていうことに。そして明日が火曜日だということに。そしてまだ平日が四日もあるということに。


 あー、早く完全週休三日制になんないかなぁ……。

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