第2話


「そうだろうなあ……勝つ見込みがないのは重々承知だよ。

 そもそも、今回の裁判で、おれは勝つつもりがないんで」


『??』



「軽い、ネット番組にしようと思ってね。新人弁護士の成長記録――ドキュメンタリーにしようと思っているんだ。裁判の裏側を見せる……自分たち側のね。

 勝つにせよ負けるにせよ、全てを見せる――もちろん、手の内まで。他にも裁判の仕組みを、知らない層に見せるならもちろん需要はあるわけで……充分、エンタメになり得るとおれは睨んでる」


「そ、それ、って……」


「あ、顔出しダメだっけ? それならモザイクにするし、そのへんは相談してくれればいいですけど……生配信じゃないからね、きちんと要望は受け付けるよ。あと、勝つつもりがないから、当然、みなさんも勝たなくていいんです。負けて当然、勝てたらラッキーくらいに思ってくれればいいかな。提示された……賠償金? 慰謝料? は、払うつもり。払えるしね……、さすがにそれくらいの蓄えはあるんで……、だって王だぜ? 革命王――、冗談で玉座に座ってるつもりはねえ。それに、この動画が再生されたらそれだけで費用回収ができると思ってるんで……、そういう意味では、ある種の勝ち筋はあるんすよ――」


「だけどよ、革命王。また好感度が下がるんじゃないか?」


「いや、今更じゃん。おれ、嫌われてるだろ? アイドル的な売れ方もしてないからなー。面白いエンタメ……そのコンテンツを作って発表し、反応を見るだけ……別に、こっちは表舞台にこだわってもいないんだ。だから、今回の裁判は研修と思って、軽い気持ちでやってもらって構わないっす。負ける前提なら大胆な戦術もできるんじゃない? 勝たなければいけないプレッシャーがないんだから、自分が持つ技術を使ってチャレンジしてみてください――ああ、報酬は、満額払うんで、そのあたりのことも心配なく。

 とにかく、今回の裁判の一部始終をドキュメンタリーとして撮影するんで、よろしく。もしも、撮影、配信が法律的にアウトだったなら――その時はまあ、今回の出来事を映画として撮る時のための、資料として残しておくことで使えるから、無駄にはならないかな」


 転んでもタダでは起きない……それがハタミチニトロの生き方だった。

 落とされて、這って、汚れて、それでも立ち上がる。


 天才と言われた彼も、天才でないことを自覚していた。天才らしく振る舞っていただけで、努力の人間――いいや、本人は努力をしていないと言い張っているが。


 足掻いて上ることが趣味のような人間だ。人間族だ。彼は、目的のために階段を上がり、戦うことを楽しんでいる。そして今回の敵こそが――彼女だったわけだ。


 彼女に恨みはないけれど――、


「もしかして、こ、これをするために、あんなことを言って……?」


「いやいや、あれはただの本音。なんも考えてないよ? 言ってみたら、相手が訴えてきたから考えた企画なだけで――なにもしてこなければ、こっちもアクションを起こすつもりは一切なかったんだ。それが……相手が、引き金を引いてきた。そのつもりなら、こっちも受けて立つべきだと思ったんだよなあ」


 相手が傷つくことを考えて、『言わない選択肢』を取るべきだった、という声は多くある。

 いくら個人の感想、本音とは言え、言うべきことではなかった……が。


 そういう抑圧に傷つく者もいる。不自由だ。不自由とは、攻撃ではないか?

 いつから他人を攻撃していい国になったのだろう。

 相手を傷つけてはならない、これを徹底するなら全員生まれてこないのが最適解だ。


 生命がいなければ、誰も傷つかない。


「革命王……アンタ、恐ろしいぜ」


 ハタミチニトロ、コメディアンとしての才能はピカイチ。さらに、なにより恐ろしいのが、彼の持ち味は企画発案だった。

 コメディアンとしてのプレイヤースキルもそうだが、裏方としての才能もある。発想の0→1に関しては天才的と言えるだろう。


 今回がまさにそうだ。

 訴えられ、裁判となった……その裏側をドキュメンタリー映像として残しておくことにした。そのために、新人弁護士を集め、勝敗を求めない戦いを指示した。


 新人弁護士の成長を記録することもできるし、こんな戦い方ができるのか、という実験データとしても使える。

 こうすればどうなる? という純粋な疑問も、普通の裁判ではやりづらい。

 だって、勝つことが目的となれば、戦い方は自然と一本道になってしまうのだから。寄り道をすることは難しい。今回の企画は、その寄り道へ光を当てた。


 そこを楽しむのが、この企画である。


 さらに言えば、逐一、裁判の裏側を動画にし、配信することで憶測の記事を書かせない狙いもある。書かれたとしてもすぐに答え合わせができるようにもしている。

 記者が奇想天外な作り話を出したとしても(それはそれで面白いが)、ハタミチ側は「違いますよ、本当はこうです」と言えるわけだ。


 記者と連携すれば再生数も期待できるはず……。

 エンタメの国が、このエンタメを見逃すはずもないのだ。

 宣伝などしなくとも、この戦いは話題になる――新たな祭りが始まるのだ。



「さて、と。未来ある新人弁護士さんたち、今回の裁判は捨て試合だから好き勝手にやってくれて構わないっすよ。なんでもどうぞ。負ける前提だしね……、望むなら、新しく向こうを訴えて場を増やしても構わない。っつーわけで、全面戦争、やろうか」



 非難の声は大きい。二次被害になるとも言われている。

 ハタミチニトロの人間性を攻撃する声もあった。だが、革命王は相手にしなかった。

 彼がそんなことを気にするわけがないだろう――今更である。


 非難されている? 注目されている証拠だ。

 ――だったら……このタイミングでコンテンツを放出した方が、多くの者に届く。


 勘違いしてはならないが、今回は相手を攻撃することがメインではない。

 あくまでも、メインは若い、新人弁護士たちである。


 彼、彼女たちの成長こそが、このコンテンツに求めるものだ。



「あ、でも、負けていいとは言ったけど――――勝ってもいいからね?」


『いや、むりむり!』



 そして、長い長い、裁判が始まったのだった――





 ・・・ おわり

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革命王の余暇 渡貫とゐち @josho

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