やらせてあげるよばあちゃん

白川津 中々

◾️

 やらせてあげるよ婆ちゃんという都市伝説がある。


 車を停めているとどこからともなく現れ窓を叩き、パワーウィンドウを下げると「やらせてあげるよ」などと呪文のように呟いてくるというのが浸透している内容だ。一説によると戦中慰安婦として働いていたとか夜鷹の末裔だとか眉唾な噂が出回っているが真相は定かではない。そもそも存在自体がでっちあげだろう。ムーの読み過ぎだと笑い話の種になるのが常だった。


 だが、俺は出会してしまったのだ。

 仕事終わり、最寄りコンビニの駐車場、コーヒーとタバコで一服しているところにコンコンコン。なんだと思えばババア。うるさいなと窓を開けると「やらせてあげるよ」。よもやの邂逅に血の気が引いた。


「やらせてあげるよ」


 やめろ、ドアガチャすんな。覗き込むな。相手は年寄りの女。戦闘力で劣るはずなく、白兵戦で引けを取る訳ないのにもかかわらず素肌に泡肌が立つ。異質なモノへ根源的恐怖が警告しているのだ。こいつはヤバいと。


 とはいえ、急発進してババアが転倒したら死ぬ可能性もある。過失致死で前科者確定。そんな間抜けな人生の終わらせ方もなく、耐えるほかない。ババアのプレッシャーに、奴の曲がった足腰に限界が訪れるまで。


「やらせてあげるよぉ。今ならにぃごぉで最後までできるよぉ」


「やめろ! 具体的な金額を出すな!」


 思わず叫ぶと声が高らかに響いた。夜、田舎のコンビニ。遮蔽物のないフィールドではオペラホールの如く声が乗る。


「分かった。分かったよばあちゃん。千円やるからもう帰ってくれよ」


「……」


 根負け。柴三郎をリリース。正直千円をドブ捨てするのは精神的に厳しいがそれで助かるなら安い買い物である。ババアも千円受けとったしこれは解放の流れ。労働後の無駄な疲労に勘弁してくれ感マックスだったが、これで落着と思えば……


「残り二万四千円だねぇ」


「花代じゃねぇよ馬鹿!」


 その後そんなやり取りを繰り返していると警察がやって来てババアを連れて行った。どうやら俺の叫びがコンビニまで届き店員が通報してくれたらしい。シゴデキ。しかし、あのババアが何者であったかは最後まで分からなかった。確かなのは、無駄に千円を失ったという事実と、ドア付近についたババアの指紋の型だけである。


 夜のコンビニでは、二度と長居しない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やらせてあげるよばあちゃん 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ