再現性

ヤマ

再現性

「この音が、悪い気を追い払うの」


 手に持った曲線を描く金属棒を、かんっ――と鳴らし、隣の家の奥さんが言った。

 音叉で、部屋の波動を整えているらしい。



 馬鹿馬鹿しい。



 科学的に説明できないものなど、信じない。

 波動だのエネルギーだの、証明も再現もできないものに、価値などあるはずがない。


 隣人に、それを伝えた。

 根拠のないものに縋るのは危険だ、と。


 彼女は、にこやかに「そうですね」と答えた。





 それでも――翌日以降も、音叉を鳴らす音は、聞こえていた。





 隣家は、いつも笑い声が絶えない。


 夫婦仲は良く、子供も素直に育っている。

 喧嘩の声すら聞こえない。



 一方、我が家は静かだ。


 テレビの音と些細な生活音だけが響く。

 話し声など、ない。



 正しい知識を持ち、正しい選択をしてきたはずだ。

 しかし、妻は口数を減らし、息子は目を合わせなくなった。





「あなたは、いつも正しい」


 ある晩、ふとした拍子に、妻の口から言葉がこぼれた。


「でも、それだけよ」


 理屈では、反論できなかった。


 だが――同時に、窓から音叉の家をもう一度見た瞬間、心の中で呟いてしまった。





 あの幸せは、再現性がないから無意味だ。







 たとえ――事実なのだとしても。

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再現性 ヤマ @ymhr0926

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