駅前の公衆電話を使ってはいけません

(カメラが、深夜の駅前を映す)


「よう、俺だ。今日も栫井町は平和だな。行方不明になった奴はいるようだが、まあいつもの事だ」


(人の気配はない。街灯と、遠くのコンビニの光だけが、ロータリーを僅かに照らしている)


「で、今回の『やってはいけないこと』は、こいつだ」


(カメラが、公衆電話をアップで映す)


(四方をガラスで囲まれた、少し色あせた緑のボディ。受話器のコードは伸びきり、料金表示は消えている)


「見たことある……よな? 駅前の公衆電話。今のガキどもは、使い方も知らねえかもしれんが……昔は、もっとあちこちにあったんだよ。くそ、テレカってもう死語?」


(男が、片手でボックスのガラスを軽く叩く)


「さて、懐古主義のお前らは気になるかもしれないが、こいつを見てくれ」


(ガラスには、張り紙)


(『※使用厳禁!!』と書かれている) 


「まあどう見ても機能停止してるし、外から眺めるだけで使おうなんてアホはいないよな。普通なら」

 

(男が、電話ボックスの扉を開ける)


(湿った金属のきしむ音)


「昔はな、駅前の公衆電話ってのは大事なもんだった。今みてえにケータイなんて無い時代だ。終電逃したとき親に電話したり、告白したり、別れ話したり。ここから色んな声が飛び出してたわけだ」


(男が、電話ボックスの中に入る)


「でも、今は違う。使うやつなんていやしねえ。そうなると、よくわからねえもんが入り込んでくる」


(男が受話器に視線を落とす)


(手垢がつき、色褪せている) 


「何時からか、こんなウワサが流れるようになった―――この電話ボックスを使えば、大事な人に会える、なんてな」


(男が溜息をつく)


「ここから先は、真似するな。今まで動画を観てきたなら分かってると思うが、ろくなことにならねえ。俺は仕事だからやるだけだ。くそったれな仕事のためにな」


(カメラが内側から駅前を映す)


(硝子戸越しに、静かなロータリー)


「……始めるぞ」


(男が受話器を持ち上げ、耳元に当てる)


「…………」


(静寂。発信音は聞こえない)


(男は、それ以上何も操作しようとしない)

 


『………もしもし?』


(幼い少女の声。スピーカー越しに少し歪んで聞こえる)


(男の肩が微かに揺れる) 


「……」


『もしもし? ねえ。聞こえてる?』


(男が息を吸い込む音)


「…………」


「……××」


(男が、誰かの名前を呟く。声はかすれている)


『あ、〇〇?』


(少女の声が、明るくはっきりとした色を帯びる)


『今迎えにいくから! そこにいてね!』


「……始まったぜ」


(ぎしり。歯を食いしばる音がする)


『今、駅近くの公園を出たところ』


(受話器から、少女の声)


(カメラが駅前を映す。誰もいない)


『今、コンビニの前だよ』


(少し離れた所にあるコンビニ。通り過ぎる人影はない)


「……お前ら、覚えとけよ。番号は押してねえの、見ただろ? 向こうから勝手にかかってくる。相手は、お前が会いたいと思ったやつだ。少なくともそう見えるし、声も同じに感じる」


『今、バス停の近く通ったとこ』


(ロータリーのバス停が映る。ベンチ、時刻表、紙くず)


『もうすぐ着くから、ちゃんと待っててね。いつもみたいに、先に行っちゃやだよ』


「……」


(画面が動く。何の変哲もない、廃品寸前の公衆電話が映る)


(男が溜息をつく)

 

『――――ついた』


(少女の声)


(少し、間を置いてから、男がゆっくり振り返る)


(公衆電話ボックスのすぐ外。そこに、少女が立っている)


(肩までの黒髪。白いワンピース。あどけない笑顔。歳は、一三を越えない)


「………」


(男がゆっくりと受話器をフックに戻す)


「よう、久しぶりだな」


(ボックスの扉を開き、男が一歩外に出る)


「うん。元気だった?」


(少女が、両手を伸ばしてくる)


(細く、白い腕が、男を迎えようとしている)


(男が一歩、少女に近づく)


「……××」 


(がしゃん、と重い金属音)


(カメラが横に振られる)


(さっきまで何もなかったはずの場所に、大きな焼却炉がある)


(古びた鉄の箱。工場にあるような焼却炉。地面には、焼け焦げたような黒い跡)


「あー……来ちまったか」


(がしゃん。両開きの扉が、ひとりでに開く)


(中から、眩しい炎が吹き出す)


(アスファルトが赤く照らされる。空気が揺らぎ、カメラの映像が歪む)


(少女が一歩引く)


「……なに、これ……」


「カガリメさま」


(男が小さく呟く)


(炎が、ゆらゆらと形を変える)


(やがて。幼い子供のようなシルエットを取る。髪の代わりに火の粉が舞い、輪郭は常に崩れ続けている)


(炎の人影が、少女を見た)

 

「ひっ……〇〇、助けて!!」

 

(瞬間。燃える人影が、少女に向かって飛びかかる)


(甲高い悲鳴)


(激しい炎の中で、少女の輪郭が歪む)


(細い腕が溶け、皮膚があぶられて剥がれ、表面から粘液があふれ出す)


 「ぅぉえあああおオオオゴオオオ―――――――」


(人の悲鳴は、やがて濁った鳴き声に変わる)


(炎の中でのたうつ、巨大なナメクジのような生き物)


(ぶよぶよとした白い身体が焦げ、異様な速さで縮んでゆく)


「……やっぱり、お前じゃなかったな。当たり前だけどよ」


(男の声は、低く乾いている)


(ナメクジのような怪物が、口とも穴ともつかない部分を開く)


「に……い……ちゃ……アア」


(ごお、ごお、と。声が炎に呑まれる)


(炭のように黒くなったそれが、その場で粉々に崩れる)


(燃えるの人影が、ゆっくりと男のほうを向く)


(炎の中で白熱する、一対の小さな輝き)


「……わかってるよ」


(男が小さく頷く)


「悪かった。ちょっと、ぐらっときただけだ」


(人型の炎が、静かに焼却炉の中へと戻ってゆく)


(がしゃん、鉄の扉が閉まり)


(次の瞬間、焼却炉そのものが、まるで煙のように薄れて消えた)


(駅前に、夜の闇が戻る) 


(アスファルトには、うっすらと黒い焦げ跡だけが残っている)


 (男が、電話ボックスに視線を向ける)


「……とまあ、こんな感じだ」

 

(ずず、と鼻をすすりながら、男が言う)


「こいつらは、声と形を借りる。お前が心のどっかで『会いたい』って思ってる奴――生きてようが死んでようが関係ねえ。その記憶に、電話越しに這い込んでくる。どんな仕組みか知らねえが」


 「受話器を取って、『もしもし』って声が聞こえたら終わりだ。名前を呼んだ瞬間、それが合図になる」


(男が、さっき少女が立っていた場所を見る)


「で、来たら……どうなるかって? わかるだろ。話しちまう。帰りたくなる。ついて行っちまう」


「だが、そいつはどうあがいても、会いたかった奴じゃない。ただのバケモンだ。連中の巣に連れ込まれて、めでたく行方不明者の仲間入り。ちゃんちゃん」


 (男が短く笑う)


「会いたい相手がいるのは、悪いことじゃねえ。相手が、生きてても死んでても。だが……この町で願い事をする時は気を付けるんだな。もしかすると、叶っちまうかもしれん。最悪の形で」


(男は電話ボックスから離れ、歩き出す)


「今回のまとめだ。『駅前の公衆電話を使ってはいけません』――ここから電話をかけるな。かけても繋がるのは、まともな相手じゃない」


「どうしても誰かと話したきゃ、スマホ使え。家の固定電話でもいい。少なくとも、ここよりは安全だ。まあ、たぶん」


「ひとまず、生きてる奴を大切にしてやれ。……じゃあな」


(画面が暗転し、動画が終了する)

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栫井町でやってはいけないこと ジガー @ziga8888

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