国技館焼き鳥、闇の格闘技
奈良まさや
第1話
国技館焼き鳥、闇の格闘技
第一章:土俵の下で、タレが煮える音がする
東京都墨田区――国技館。表向きは伝統の象徴、力士たちの神聖なる舞台。だがその地下深く、一般人の立ち入りが禁じられた区域には、巨大な焼き鳥工場が存在する。
その構造は、まるで古代ローマのコロッセオ。中央に巨大な回転式グリルが設置され、まわりを囲むように焼き師、タレ師、監視員たちが配置されていた。彼らは無言で焼き鳥を焼く。ただひたすら、焼く、タレにくぐらせる、焼く、またタレに沈める――この四連工程を繰り返す。
その焼き鳥は冷えても美味い。逆に熱々だと凡庸に感じる。
それこそが、「国技館焼き鳥」最大の秘密だ。
だが、この工場の本当の核心は――その下にある。
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第二章:磁場の支配者たち
焼き鳥工場の真上、土俵の中心の真下には、関係者でも知る者の少ないリングが存在する。そこが「磁場闘技場(マグ・ドーム)」。地面は鋼鉄製、電磁コイルによって細かく制御される。ここで戦うのが、“地下格闘士(グランドファイター)“と呼ばれる男たちだ。
主人公・鴇田(ときた)カシワ。40歳。元プロボクサー。
かつては「津軽の雷」と呼ばれた男も、今は見る影もない。顔には無数の古傷、左膝は古い怪我で曲がったまま。両手首に埋め込まれた磁力制御装置が、雨の日には疼く。
カシワは毎晩、青森の母に電話をかける。
「来月には帰るからな、お母さん」
嘘だった。組織の借金は1500万。簡単に足を洗えるわけがない。
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第三章:見えない糸で操られる巨人たち
地下格闘士の闘いは、一般的な格闘技とは全く異なる。
彼らの武器は「磁力操作」。体内に埋め込まれた電磁波発生装置を使い、真上の土俵にいる力士の足裏に仕込まれた微細な磁石を操る。
格闘士たちは特殊なグローブを装着し、まるで指揮者のように両手を空中で踊らせる。見えない糸で300キロの人形を操るかのように。
「ファイター・レッド、横綱の重心を0.3度右に傾けろ!」
「ファイター・ブルー、対戦相手の左足に微弱な反発力を!」
格闘士同士の戦いは、磁力の奪い合い。相手の磁場を阻害し、自分の支配下に置こうとする。手首から発せられる電磁波がぶつかり合うと、リング上に青白い火花が散り、タレの匂いがより濃くなる。
もちろん力士の力は7割、地下ファイター3割だ。
実力が決まるのは、どちらがより精密に、より強力に、土俵上の力士をコントロールできるか。まさに神の手による人形劇。格闘士の技量が、直接相撲の勝敗を左右することも多々ある。
カシワは15年間このリングで戦い続けた。「磁場の詩人」と呼ばれるほど、繊細で美しい操作を見せる男だった。
だが、もう限界だった。
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第四章:悪魔の囁き
「カシワ、最後の仕事だ。」
元締めの男・黒川が、カシワの前に現れる。スーツの胸ポケットから覗く銃の輪郭。
「今度の本場所、横綱・白錬を負けさせろ。成功すれば、5000万。これで借金はチャラ。故郷に帰れる。」
カシワの心が揺れる。母は75歳。一人で青森の古い家を守っている。
「ただし、今回は特別だ。新型の電磁波発生装置を体に埋め込む。従来の10倍の出力。副作用?知らん。だが確実に勝てる。」
黒川の瞳に、冷たい光が宿る。
「断ってもいいぞ。ただし、その場合は…」
カシワは手術台に向かう。麻酔が効いてくる中、彼の脳裏に青森の風景が浮かぶ。雪に覆われた実家、母の温かい手、縁側で一緒に食べた手作りの焼き鳥。
「お母さん、必ず帰る…」
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第五章:最後の闘い
本場所当日。カシワの体内で、新型装置が低い唸り声を上げる。出力は桁違い。だが、体への負担も凄まじい。心臓が不自然なリズムを刻み、視界がぼやける。
磁場闘技場で、彼は震える両手を天に向ける。真上の土俵では、横綱・白錬と若手力士がにらみ合う。観客席は満員。誰も知らない。この勝負の真の支配者が、地下深くにいることを。
「行立合い!」
行司の声とともに、カシワの両手から青白い光が迸る。
だが、新型装置の力は想像を超えていた。白錬だけでなく、対戦相手の磁石まで同時に操ってしまう。土俵上で二人の巨体が不自然に浮遊し、観客席がざわめく。
「くそっ!制御できない!」
カシワの口から血が溢れる。それでも彼は磁力を操り続ける。母の顔を思い浮かべながら。
白錬がバランスを崩し、土俵に倒れる。
勝負あり。
だが、異常な現象に気づいた相撲協会の職員たちが騒ぎ始める。
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第六章:裏切りの報酬
「やったぞ!5000万だ!母さんの家を新築して、二人でゆっくり暮らす!」
だが、黒川の顔は険しい。
「カシワ、お前の装置が暴走した。観客にバレる寸前だった。組織の存在が露呈する危険がある。」
カシワは悟る。自分は最初から捨て駒だった。新型装置の人体実験。成功すれば組織の利益、失敗すれば証拠隠滅。
「すまない、カシワ。君は良いファイターだった。」
組織の男たちが拳銃を取り出す。カシワは走る。体内の装置が火花を散らし、胸を焼くような痛みが走る中、彼は国技館を脱出する。
階段を駆け上がりながら、カシワは思う。
*俺はなぜ、悪に加担してしまったんだ。最初はちょっとした小遣い稼ぎのつもりだった。いつから、抜け出せなくなったんだ。*
*母さん、ごめん。真っ当に生きるべきだった。*
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第七章:最後の味
東京駅。新幹線のホームで、カシワは息を切らしながら駅弁を買う。
「国技館焼き鳥弁当、一つください」
皮肉な運命。彼が15年間、命を賭けて作り上げた闇の世界の産物。
新幹線「はやぶさ」の車内で蓋を開ける。見慣れた焼き鳥が並んでいる。冷えているはずなのに、湯気が立っているように見える。
一口頬張る。
「あ、冷えてても美味しい!」
その瞬間、カシワの心に不思議な安らぎが訪れる。体内の装置の痛みも忘れ、故郷の母の笑顔が浮かぶ。
*これが、俺が15年間守ってきた味なのか。こんなに優しい味だったのか。*
窓の外を田園風景が流れていく。
「人生、これからだな…」
彼は微笑む。青森の空気を吸い、母の手料理を食べ、静かに暮らす。小さな居酒屋でも開こう。今度は本物の、心のこもった焼き鳥を焼こう。
*お母さん、今度こそ本当に帰るよ。まっすぐな息子として。*
その時――
*プシュッ*
座席の後ろから、サイレンサー付きの銃口が向けられる。黒川の部下だった。
「さよなら、カシワ。」
カシワの手から、箸がゆっくりと落ちる。国技館焼き鳥の最後の一切れが、床に転がった。
窓の外を、東北の景色が静かに流れていく。
*もうすぐ、大宮かぁ。早く、青森に帰りたいな。*
カシワの頬を、一筋の涙が流れる。
*お母さん、ごめん。また嘘をついてしまった。*
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**エピローグ:母の焼き鳥**
青森の実家で、カシワの母・キヨが夕食の支度をしている。テレビから相撲中継の音が聞こえる。
「今日も白錬関、負けちゃったのね。カシワも相撲好きだったなぁ…」
彼女は知らない。息子が既に帰らぬ人となったことを。息子がその勝負に関わっていたことを。
テーブルの上には、いつものように二人分の焼き鳥が並んでいる。キヨ手作りの、愛情たっぷりの焼き鳥。冷えても温かい。
「カシワ、いつ帰ってくるのかしら…お母さんの焼き鳥、食べたくない?」
夕焼けが障子を照らす。静寂の中、キヨは息子の帰りを待ち続ける。
国技館焼き鳥、闇の格闘技 奈良まさや @masaya7174
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