第3話

 暇だ。

 教師の声が教室内で谺する。一方、私は泡のようなものに包まれてふわふわ浮いている感じ。地上からの言葉を水中でぼんやり聞き流しているような感触。聞こえているという事実と耳に入るのは全くの別。主体的な受容、前向きな授業への参加は正直難しい。

 授業中にこんなことを考えてしまうのはよくないと思うのだけれど、私は私自身が囁く内なる声に抗えない。

 

 教科書の中身はデータをもらった初日にだいたい解いてしまった。おかげで小学校で行われる算数の授業にはまるで興味が湧かない。

 手元の携帯端末から家のデータベースにアクセスして、大学の入試で遊ぼうかとも考えた。けれど、以前それをやって教師の面目を思い切り踏み潰した思い出が蘇る。うん、二回目はやめておこう。


 空いた脳みそで詰将棋を作っていたら、授業用に頒布されたタブレットに小テストの問題がずらりと並ぶ。ぼけっと眺めているうちにカウントダウンがスタート。テスト開始、右上に小さく残り時間が表示された。やれってことか。シャッフル無しならルービックキューブちゃんの五百倍は簡単だ。


 見た瞬間に解答は出るのだが、式まで書けと言われ減点された記憶が蘇る。省きたい気持ちをぐっとこらえて、過程を全て書き込んでいく。

 一足飛びに解答だけ出しても駄目だ。なぜ、どうしてをきちんと筋道立てて証明、説明できないのなら、それは学問ではなく感覚になってしまう。

 私は、感覚でものを考える人間が嫌いだ。でも、常に何かを嫌悪し続ける自分はもっと嫌いだ。


 無駄な思考にリソースが割かれても、小学校の小テストくらいなら考えるより書いている時間のほうが長い。

 見た瞬間脳内に疾った解を形にするのにかなりの時間を割く。


 果たして、四分。見直しても解答は揺るがなかったからそのまま提出。しゅぽっと可愛い音が鳴る。

 ……あれ、ミュートにし忘れてたか。

 周囲が軽く騒つく。聞こえてくるのは、大体やっかみだ。また虎目が一番早いだとか、カンニングしてるんじゃないかとか、そういうやつ。

「はい、静かに!」

 教師はパンパンと手を叩いて皆を静めようとする。普段ならそこで終わりだが。

「虎目さん、ちょっと来てくれる?」

 今日はほんの少し対応が違った。



 授業用の職員室は閑散としたもので、やけに広く感じる。無論、普段から入り浸っているような場所じゃないから、比較のしようがない。あくまで感覚の問題だ。きっと、教師と二人きりという状況がそう感じさせるのだろう。

 嫌だな。感覚でモノを言うのは。

 促されるまま、教師の前に座る。


「あのね、虎目さん。どうやったか教えてくれる?」

 何の話だ。

 私がきょとんとしていると、教師は前のめりになって顔を近づけてくる。安物のコスメティックや人皮の改造よりもARで化粧を済ませるほうが安価で早い。教師という忙しい仕事をしているなら尚更、そこに手間暇はかけられないんだろう。問題は私にはそれが見えないことだ。生身の顔面なんて近くで観察するもんじゃない。

「虎目さんがすごく賢いのは、みんな知ってる。でもね、必ず百点を取るなんて、普通できないの」

 なんだ、またこんな話か。どうせこのあとは『どうやってハッキングしたの?』だ。


「ねぇ、虎目さん。どうやってカンニングしたの?」

 想定より一段愚かだった。カンニングって。

「あの、先生。論理が破綻してます。私が賢いならカンニングの必要は無いと思うんですけど……」

 自分が賢いなら周りを覗き見する必要は無くなる。シンプルな解だ。

 でも、教師は自身が提示した情報を整理されただけで思い切り嫌そうな表情に変貌する。

 なんだよ面倒臭いな。言い出したのはそっちだよ。自分の発言に責任持ってよ。


 顔を真っ赤にして絶句する三十路の大人相手に、私は敢えて不和を口にする。

「そもそも前回のテストで一次関数、今回は二次関数までやらせてますよね。文章題で誤魔化してるけど。これ、中等部の内容だったと思うんですけど」

「それは、」

「前回私が一次関数を解いたから? 百点を取らせないための問題を入れたのに解いてきたから? まぁ、どうでもいいんですけど」

 あぁ、やっちゃった。私の悪い癖だ。大事なところで感情的になる。相手の内心を推測で口にするなんて、一番の悪手じゃないか。


 怒りを無理矢理に抑えた表情を眺めて、当たりを引いた確信を得る。人間相手にクリーンヒットを決めたところで、嬉しくも何ともない。

 私のつまらなそうな顔が面白くなかったのか、教師は顔を赤らめて、平静を保ちながら言う。

「虎目さん。怒らないから。どうやって先生の端末をハッキングしたのか。それを教えて」

 怒ってるじゃないか。それと、そんなつまんなそうで無意味なことしない。普通に解いただけ。

 でもこれ、このまま言うとなんか拗れそうだな。


「あの、私ハックもクラックもしてません。端末をお貸しするので、ご自由にログを漁ってください」

 最近は専らゲームのこと、あとは自作のパズルアプリをいじくるばっかり。学校の安っぽいファイアウォールを突破したのは三年も昔。前の端末だ。バレない。

「そういうことを言ってるんじゃないの! どうしてわかってくれないんですか!? 正直に話してくれればそれで良いの!」

 いやだから正直に言ってるよね。これはあれかな。悪魔の証明をさせられるパターンかな。苦手なんだよなー。どう返したものか悩む。


 悩む私を尻目に、教師は何かを察したような顔になる。なんだ、気持ち悪いな。

「確かに、虎目さんがハンディキャップに悩んでいるのはわかります」

 今その話必要?

「でもね、先生の端末を覗き見してまで良い成績を取らなくても、クラスのみんなはきちんと受け入れてくれるはずですよ」

 ……いるんだよな、こういうタイプ。なんでもかんでも自分の咀嚼できる要素に置き換えて美談にするやつ。

「だからね、虎目さん。正直に言ってください」

 自分の価値観に全て落とし込めたことに安堵を覚えたのか、教師の顔は普段通りに戻っている。

 困った。今からそれをもう一度破壊しなくてはならないのだから。だって、正直に喋れと言ったのはそちら側なのだから。


 溜息。大きく息を吸う。肺が膨らんで肋骨が動く感触を得てもなお、面倒くささが勝った。

「テストつまんないです。でも家庭の方針で飛び級蹴ってます。あとはー……この前公募に出したニューラルウェアデザインで賞取れました。で、企業から青田買い目的のヘッドハンティング来たんですけど、これまた家庭の方針で蹴りました。そういうやつが色々積み重なって、そろそろ家買えるくらいには貯金あります」

 ここまで一息。


 流石に小学生で家を買うのは管理も権利も難しい。親から隠すにも限度がある。私は慎ましやかに生きていきたいわけではないが、かといって目立ちたがりでもない。

 さて、だいたい全部言ったぞ。どう出る。


 私が視線を思索から現実に戻すと、小刻みに震えながら赤くなっている女が眼の前に居た。自分の三分の一以下しか生きていない生き物が、家を買えるほど資本主義と仲良くやっているのがそんなに癪に障るのか。それとも別の何かだろうか。親の持つ価値観の基準は全て価格で決まっているから、後者の場合は私に理解できるかどうか怪しい。経験したことのないモノと遭遇した時、私はどう振る舞えばいいのだろう。


「先生のこと、そんなに信じられませんか……?」

 ほとんど涙声で何か囀っている。

 信じる? この人を?

 真っ先に私を疑った人を?

 面白くない冗談だ。


 これはまた、長引きそうだけど全く心躍らない問題を引き当てた気がする。

 あぁ、勘とか直感とか「気がする」だとか。またそういうことを言っている。

 嫌だな。


---


「そう、イレブンナインにしたの! ゲノムデータの最新モデル!」

 久方ぶりに家族で食事をするからと連れ出された先は、ホワイトエリアのレストラン。豪勢にも窓際の一角を貸切だ。街並みの灯りが華々しく、ストリートのように雑多な宣伝も流れて来ない。

 視線を外から窓の内側に戻せば、目の前には円卓。白いテーブルクロスは汚れ一つなく、清潔そのもの。その上には天然食品を材料にした最高級の料理が広げられている。


 が、私の口の中は砂を噛むような感触で埋め尽くされている。

 斜向かいにいる母親の耳障りな金切り声が、耳の内側でキンキンと響く。

 思わず出た溜息。周囲に聞こえたかと不安に駆られるが、母親は異様なまでに高いテンションを保ったままだ。その様子を見て大きな安堵と少しの落胆を自覚する。

 馬鹿みたいだ。まだこの人に何かを期待しているだなんで。


 一方、父親はそんな母親へにこやかに相槌を打ち続ける。もちろん、私の顔なんて見向きもしない。


 母親の熱弁は続く。

「将来的には我が家の事業を背負ってもらうんだから、ジーンリッチの方向は知的、理性的、合理的にしてもらったの! 類推IQは120オーバーで……」

 興奮気味の母親から、ウィリアム・スターンの名前はついぞ出て来なかった。知能尺度にも様々な定義がある。そもそも、IQは年齢によって変動とする説が根強い。一体何歳の時点で120のスコアが推定されているのか、彼女の話からは終ぞ聞き取れなかった。


 まぁ、つまり。共感性で物を見る彼女には似ないだろう、ということしかわからない。そのあたりは父親がフォローすると思う。彼はとても合理的な人で、私が世にも珍しい神経接続用マイクロマシン不適合者だと判った時点で事実上の育児放棄をしたくらいだ。幸い、両親ともお金に困ることはない立場だから、私もその恩恵に預かっている。少なくとも、今は。


 大体、我が家の事業なんて大仰な言い回しをするけれど、今の会社は父親が一代で築いたものだ。有り体に言ってしまえば父親は成金で、玉の輿に乗った母親の教育レベルはそれほど高くない。

 この二人はたまさか、金を稼ぐ才能と人をたらし込む才能で噛み合ったのだろうと思う。


 私は昂揚する女を視界の端に捉えたまま、折角なんだし、と口の中に意識を向ける。

 けれど、ほとんど味がしない。

 内心訝しみながらメニューを手に取る。果たしてそこには、『口内での反応を増幅させる機能を使ったメニューです』と小さく踊る文字。詰まるところ、現代人にとって必要な栄養はサプリメントで取るべきものであり、余計な調味料は身体のバランスを崩す悪しき風習であり、脳への過剰な刺激に慣れた拡張人類にとって神経に直接働きかける『味』こそがもっとも美味しい料理、ということだろう。

 でもこれ、安物の合成食品とやってることは何ら代わり映えしないだろ。わざわざ天然モノの素材を使った上でこの処置を施しているということは、それだけ料理自体に価値を置いていない証左でしょ、と思う。

 形を綺麗に整えて、商品に箔をつけて、けれどやっていることは安物の合成食品と同じ。天然物を使うぶん、こちらのほうが悪質だ。


 溜息。

 諦めてメニューを元の場所に置きなおす。

 私の奇行もなんのその、両親は新しい子供の話題で大はしゃぎだ。

 まぁ、確かに。新しいものを作ることの喜びみたいなものはわからなくもない。成果物が人間であることを除けば理解の範疇だ。

 柄にも無く両親に同意してしまう。


 ふらつく思考はさらに別の場所へと飛躍。

(……料理、料理か)

 騒ぐ母親と玩具みたい頷く父親から思索を逸らし、我が家の料理に思いを馳せる。

(そういえば、結構美味しいよな)

 カコさんの作った料理は、意識こそしていなかったが多分美味しい。拡張されていない私にも美味しいと感じられる上に、二人の同居人から文句が出たこともない。この状況から鑑みて、カコさんの料理は美味しいと結論付けられる。


 ポケットの中の“彼女”を思う。この子も、私の状態を観察しているのだろうか。少なくともカコさんは私をきちんと見てくれている。だったら、自分で何かしてみたい。作ってみたい。

(私はずっとこの子と遊んでいただけ。でも)

 カコさんのように、相手を思って何かを作って、その反応が欲しい。


 頭の中でパズルのピースが嵌ったような気がする。

 私のやりたいこと。やるべきこと。


 私の料理を、ルービックキューブちゃんに食べてもらいたい。


 正確には違うのだろう。私は私が作ったものを誰かに認識してほしくて、でもその誰かが定まっていないから、たまたま料理という手段とルービックキューブちゃんという対象になっただけだ。

 それでも、私にとって大きな躍進じゃないか。


 思い立った瞬間、山積している問題を認識して目眩がする。


 ステップ1、カコさんから料理を教わる。

 マイクロマシンが無い私は技術の体得に苦労する。脳への直接的なインストールや機械同士の連携による補佐はできない。だからかなり時間がかがるだろう。材料の選び方からキッチンの使い方、味付けまで全部解らない。

 これは、実際にはかなりステップを刻む必要がありそうだ。


 ステップ2、ルービックキューブちゃんの肉体を作る。まぁ最初は口の中と咀嚼物を溜め込んでおく袋だけでもいい。最終的にはほぼ完璧なアンドロイドがいいけど、本人の希望次第だ。こちらもステップ1同様、順次バージョンアップしていくのが望ましいと思う。最初はそれこそVRで料理を作って、バーチャルで食べてもらうところから……じゃない、この子に味覚を検知する機能の搭載からだ。つまり人間の脳機能を調べて、合成食品がどうやってマイクロマシン経由で脳に『味』を伝達しているのか調べないといけない。


 うわぁ、楽しくなってきた。


 私が脚をばたつかせていると、不意に両親と目が合う。一瞬で「不出来なお人形さん」モードに切り替える。上手くいったかどうかはわからない。

 なんだろう。話は終わったのか。さっさと帰って計画を練りたい。カコさんとも話したい。今なら帰宅は願ったり叶ったりだ。

 私の思いが通じたのか、二人は何やら目配せをしてから、料理に向き直った。



 翌日、学校から帰った私はダイニングに飛び込むなり、いてもたってもいられなくなってカコさんを呼ぶ。

「一式揃えて買ってきた! というわけで、料理教えてください!」

「お嬢様、はやる気持ちはわかりますが、まずは落ち着いて……」

 落ち着け、と言われても困る。既に両手いっぱいの人間用調理器具を抱えた私を、落ち着いていると判断するのは無理だろう。


 私は恐らく、人生で初めて自ら進んで他者に干渉する決心をしたのだ。

 ルービックキューブちゃんのように自然発生したものでもなく、期待に応えられなかった両親との間に作った距離でもなく、今までのカコさんのようにただそこにいるを良しとしたのでもなく、純粋に自分の意思だけでカコさんと向き合おう。そう決めたんだ。


 まぁ、でも焦る気持ちを抑えきれなかったのも事実だ。私の意思とは無関係に発生したルービックキューブちゃんと来るべき時の対話。そして、今まで目を逸らしてきたカコさんとの交流。

 できなかったんじゃない。やらなかったんだ。

 それを早く証明したい。私も他者と繋がれるんだと感じたい。


 私の膨れ上がった期待を、カコさんは穏やかな表情で迎え入れる。

「ではまず、紅茶の淹れ方から始めましょう」

「そんな簡単なので良いの?」

 私の顔に、最初だしそんなもんか、という表情が出ていたのだろう。カコさんはニヤリと笑う。プリセットに無い表情だ。

「紅茶におけるパーフェクトは、湿度を測るところから始まります。恐らく、お菓子を除いて最も難しい作業ですよ」

「えっ」

 紅茶と外気に関係があるなんて。

「ですが、まずは茶葉の種類とお湯の温度との関係性から始めましょう。今日は紅茶の『とりあえず及第点』を目指します」


 ……紅茶に種類ってあるんだ……。


「大丈夫ですよ、お嬢様。沸騰したお湯をそのままかけてはいけない。最初に覚えることはそれだけです」

 私の小さな戸惑いと、大きな好奇心が、カコさんの瞳を捉えた、と思う。

「うん、やってみる!」

 そういえば、カコさんの出すお茶はいつも適温だ。沸騰したまま淹れたらあぁはならないんだろう。



「図鑑にあるきゅうりは手に入りません。と、いうわけで」

 外出を想定していないカコさんに代わって、スーパーに通うこと一ヶ月。私は現代料理の簡便さと、それに相反するカコさんの工程に、何度目かもわからない呻きをあげる。


「生鮮食品コーナーで買っていただいた、きゅうり粉末を成型器にかけたあと、細切りにします。卵、ハムも同様ですので、お願いします。乾麺は幸いストックが──」

「──カコさん」

 思わずカコさんの言葉を遮ってしまう。

「はい。なんでしょうお嬢様」

「この過程、意味ある?」

「この過程、と言いますと」

 すう、と息を一つ飲む。

「まず、インゴット型にきゅうりを成型するでしょ?」

「いえ、円筒型です」

「……で、その後細い四角くに切り揃えるんだよね?」

「はい」

「……なんで? 最初から細長くしておけば手間は省けるんじゃないの?」

 カコさんの話を半ば無視する形で私は疑問を口にする。


 一方のカコさんは一つ瞬きをして(と言っても顔のアイコンが切り替わるだけだ。でも芸は細かい)から、

「その無意味に見える過程に意味があり、そこに価値が存在するためです」

 言い放つ。


 むぅ、と唸り声で応じる。納得いかない。最初から棒状に出力しておけば同じではないのか。


 無言を聞き取ったカコさんはにこやかな表情と声色で、言葉を綾とる。

「それでは、一度食べ比べてみましょう。お嬢様ならきっとご理解いただけます」

「……ほんとに?」

 訝しむ私の背を押し、カコさんは成型器へと向かった。


 数分後、私の目の前には二つの皿。

 どちらもきゅうりバーが載っている。

「片方は最初から短冊切りにスクラッチしたものです。もう片方は、」

「カコさんの切ったやつ」

「はい。では、食べ比べてください」


 ますます眉間に皺が寄る。見た目の差が無い……わけではない。カコさんの裁断を経た側は、やや歪だ。これは明確な差異だ。

 考えろ。これはパズルだ。


 人間は時に無意味で無価値な会話を行う。人間のコミュニケーション全てに情報が付随するわけではない。それを真似た機械にも、当然無為な発話が混じる。

 だが、この一ヶ月、こと料理に関してカコさんが無駄を出力したことは無い。前例が無い以上、カコさんの料理に無為が混じることはない、と考えるほうが自然だ。


「でも真面目に料理の話をした回数は……」

「お嬢様」

「えっ」

 びっくりして顔を上げる。そこには緑色の小山が二つ。うっかりしていた。

「お嬢様」

 再度カコさんが口を開く。早く食べないと、彼女に悪い。


 お箸を持ち上げたところで、

「黙考はできるだけお控えください」

「……え?」

 カコさんの以外な言葉に驚く。


「ルービックキューブさんの入力は限定的です。ですから、他の家電との連携で得られる情報も、ルービックキューブさんきとっては貴重なものです。考えていることは、できるだけ口になさってください。それが、ルービックキューブさんと……誰かと仲良くなるために必要な工程です」


 それと、とカコさん。

「早く食べ比べをお願いします。時間経過で結果が変わってしまいます」

「わっ、そうなんだ。ごめんごめん」

 狐につままれたような気持ちのまま、成型器直送きゅうりを箸で持ち上げる。

 うむ。インゴットだ。特に何の変哲も無い。口にしてみても、まぁ普段からこんな感じ……。

「ではない、よね?」

「はい」

 カコさんは得意満面である。

「なんか、こう、味気ない……気がする」


 私は機械ではないから過去の数字と照応できない。あくまで主観的な記憶に基づく発言、出力になる。

 でも。これは。

「なんとなく、家で食べてる感じがしない」

 これが外食ならいつも通りと言っただろう。

 違和感の正体を視線で探る。どこだ?


「では、切ったものをどうぞ」

 促されるまま、ほんの少しだけ歪なきゅうりを口にする。


 まず最初に感じたのは匂い。次に水分。そして味へとシームレスに接続する。

 これだ。

「匂いが強い……えぇと……一旦成形してから切断したってことは、断面から水分が出て、そこにきゅうりの成分が乗っている。だから味が強い……?」

 恐る恐るの疑問符に、カコさんは笑顔で頷く。


「その通りです、お嬢様。工程には必ず意味があります。特に私は機械です。無意味な行為はできません」

「……そうかなぁ……」

 私は次の疑問にぶち当たる。

「ここまでお膳立てされないと理解できない私に、いつもちゃんと料理をしてくれていた。でも、カコさんはこんな手間をかけずに料理できたはず。無意味になるリスクヘッジを、どうしてしなかったの?」


 カコさんの笑顔を揺るがない。

「それはもちろん、今、この瞬間、お嬢様が私の努力を価値あるものにしてくださったからです」

 でもそれは、私が料理に興味を持たなかったら発生しなかった価値で。

 カコさんはもっと簡単に済ませて良いはずの行為で。

 何より、機序が逆転している。


「お嬢様。私は信じていました」

「しんじる」

 谺のように自分の喉が響く。

 何を信じていたのだろう。

「お嬢様ならきっと、私の価値をもっと高めてくれる、と」

「だから、面倒な工程を踏み続けたの?」

 その通りです、お嬢様。

 カコさんはそう言って、アームの一つでガッツポーズをした。


「いつかきっと、お嬢様の料理に価値と意味を持たせてくれる存在が現れます。それはルービックキューブさんかもしれないし、別のご友人かもしれません」

 でも、と一度言葉を敢えて区切るカコさん。

「それがどなたであっても、どんな形式であっても。未来のために今、できることを続けましょう」

「……うん、そうだね。ありがとう、カコさん」

 紋切り型のやり取りかもしれない。ありきたりな感動物語だと思う。よくある話でしかない。

 それでも、これは私にとってとても大事で、必要不可欠な工程だと確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日の日はさようなら くろかわ @krkw

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る