髪型ひとつで
廣澤はハルの柔らかい地肌に指をはわせシャンプーをしている間、眠気を感じる間もないほど急激なはやさでハルは眠りにおちていた。
優しくて清潔な香りのするタオルで耳についた水滴をふきとってもらっているときに目を覚ます。
「すいません、心地良くて寝ちゃってました。」
「お疲れですよね。シャンプーで少しリラックスしてもらえてたら僕としても嬉しいです。」
「それでは、カットしていきますね。」
「お願いします。」
廣澤が操るハサミによってハルの髪の毛は糸も簡単にあっけなく切られ、白いフローリングの床に落ちていった。
あっという間に肩上の長さになった髪の毛をみてハルは思わず笑ってしまう。
「これだけでも、大分印象変わるけどここからもっと短くなるよ。」
ハルの嬉しそうな反応を見て廣澤が言う。
壁にかかっている、白い砂浜で遊んでいる子どもの写真が目に留まりハルから話しかける。
「あの写真、いいですね。沖縄ですか?」
「ううん、あれは僕が小笠原諸島で撮ったものだよ。写ってるのは友達の子供!友達が小笠原で民宿やってるから夏になると毎年遊びにいくんですよ。ほんと、いいところ。」
「小笠原って東京から船で丸一日かかるところですよね、東京都なのに!行ったことないなぁ。」
「そうそう、よく知ってるね!沖縄とかに比べるとなかなか行きにくいですけど、船でのんびり旅行するのもいいですよ~。高見澤さん今年の夏は旅行行ったりするの?」
ハルには日常的に遊ぶ友達すらいなかったので、旅行に行くような間柄の人はいるはずがなかった。ハルの母親はハルが17の時に亡くなっており、その一年前に両親は離婚していたので家族旅行もはるか遠い昔の記憶になっている。
「私は...行かないと思います。夏は仕事が忙しくなるし、行きたいところも思い付きません。」
「そっかぁ。高見澤さんのお仕事は夏に忙しくなるんだ。ホテルとかですか??」
「そんな感じです。ゲストハウスなのでホテルよりもっとラフな雰囲気だし私は清掃専門なので、一日にやることは実際そんなに変わらないんです。ただ、他のスタッフが夏の旅行で抜けたりするのでその分私のシフトが少し増えるんです。」
「なるほどね!ゲストハウスの清掃、大変な仕事そうだね。さっき言った俺の民宿やってる友達も掃除が一番きついってひーひー言ってる、特にこの季節はね。」
「確かにきついです。でも私ももう4年目でだいぶ慣れました。掃除に没頭するのも楽しいんです。」
「掃除得意なの尊敬します。高見澤さんはきっと小さなことにも目を配れる方なんだと思います。俺は全然だめで、ここの細かいところの掃除は清掃サービスの方にお願いしてる。やっぱりお客様が過ごす空間ってことを思うとちゃんとしなきゃってなりますね。」
廣澤の一人称が僕から俺に変わったことにどきどきし、なんだか距離が近くなった気がした。ハルはゆらゆらする感情に戸惑いつつも廣澤との会話を楽しんでいる自分を認識し始めている。
仕上げのカットを終えた廣澤とハルは2人で正面の鏡に見入る。ハルの両手は黒いケープの下でかたく組まれている。廣澤はハルの椅子の背もたれ部分に手をかけている。
「すごい...めっちゃ軽いです。」
「すごく似合ってると思います。思った通りの仕上がりです!」
廣澤はハルの首元のマジックテープをはがしケープを取るりはずす。
「前髪があるとこんなに印象かわるんだ。首もスース―してるし、全部が新鮮です。」
手汗で湿っている指先で毛先に触れる。
これ持ってっと手渡された手鏡に、廣澤がもつ大きめの鏡に映るハルの後ろ髪が反射している。
ハルは照れ臭さと嬉しさで顔が熱くなってきているのを感じて、それをごまかすように微笑む。
「ほんとうにありがとうございました。ここにお願いをして良かったです。」
「そう言ってもらえるのが一番嬉しいです。ありがとう。またいつでも、来てね。」」
お会計を済ませ外に出ると、そこは何一つ変わらない暑さと湿気に覆われていたが、ハルは自分が何か特別な存在のように感じられて、カフェでお茶をしてから新しい髪形に合うワンピースでも買おうかと、昨日までの自分なら絶対にしないであろうこともやってみたくなるのだった。
スターフルーツ ちゃみ @lunaticriver
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