かみさまがゆるしてくれるまで

水森 凪

第1話

最近SNSでよく見るようになった言葉「安楽死」。

私はこの単語を見るたびに違和感を覚えるんです。

生は修行のようなもので、人生辛くて当たり前なんだから、そこを血を吐く思いで乗り越えてやっと創造主だか神様だかに死という花束が渡されるんじゃないか、と勝手に思ってるので。(ちなみに無宗教です。さらにこの考えは人間に対してのみです)

その「よくやりきった」という、花束のような「死」は自らもぎ取りに行くもんじゃないんじゃないか。

正直昔から、喉から手が出るぐらいそれが欲しかった。重度のメンヘラだったので。でも渡されてもいないうちにもぎ取ったら、きっとそれは真っ黒の、呪いの炭になって自分を無間地獄へ叩き落すんだろう。と、思ってます。


安楽に死にたいとはだれもが思う。で、楽に死ぬ場合も、精神的肉体的に苦しんで生き地獄を転げまわって死ぬ場合も、そりゃ宿命や前世や生きてる間の業によって、いろいろあるでしょ。選べません。これはもう前世の落とし前だと思っておきましょう。(それが真実だとは言ってません。紛争地帯で殺されていく無辜の人々にこの理屈を当てはめるのはあまりに酷ですし)

けれどたいていの場合、お金がある人が病院でのぞめば「緩和ケア」というものがあります。痛みと意識、同時に奪ってくれます。


おっとと違った、こんなことがかきたいんじゃなかった。

そりゃ私も還暦過ぎれば、もう死んだ方がましみたいな病気とかメンタル病み(これが一番つらい!いまだに薬飲んでますがほんのちょっとしか効きません)とか人生の谷底覗いたりとかいろいろありましたよ。

でもさ、もうこりゃ終わりだ、耐えられない、この世から脱出しようと思ったなら

自分で始末つければよくない?

特に悲壮感はいらないから。ありんこだってハシビロコウだってブラックバスだって黒毛和牛だって死ぬときゃ死ぬし。

もちろん、ビルから飛び降りとか線路にダイブとか、一人暮らしのまま腐って大家さんにめいわくかけるとかそういうんでなしに、最大限に工夫して、自然に帰るやり方で。

具体的に考えてる方法があるんだけど、ここで書くとマネする人が出てくるかもしれないので書かない。とにかく、樹海じゃないところ、熊の出ない県を選びます。で、やろうと思えば「自己安楽死」はありだ、というのが心の保険になってる。


スイスでは安楽死が認められてるので死にたい方が世界中から集まるようだけど、あれ、友人や家族にそれは心労をかけるのよね。どういう心労かというと、相手の「死にたい」願望を受け入れ認めねばならない心労。そしてそれを認めてしまった自分への自責の念。本人が望めば、その家族の目の前で、「自分は自分の意思で死にます」と宣言して、安楽死薬の点滴の栓を自分で外す。その光景を見せられた方はたまったもんじゃない。「わたしはこれで幸せよ」と最後に言われても一生のトラウマになるでしょう。加えて日本からの付き添いの手間、手続きにかかる書類作成やおカネの振り込み。重病者だと家族が同行してやるしかない。さらに遺体の搬送、その後の始末。しかも、スイスくんだりまで行く旅費。


もしかして「安楽死法案通せ!」と騒いでる人は、家で寝たきり老人介護して寝る暇もない家族なんじゃないのかな。しかし、お気持ちはわかるが残念、スイスでさえ、「当人がはっきりと死ぬのは自分の意思だと宣言」しないと、安楽死は「他人の意志」では認められません。でないと、被虐待児が難病になった場合とか、悪用されてしまうからです。


ここで一つ、誤解を解いておきたい。

現代の医療では、当人の意識がほとんどなくなるほどぼけ、口からものが食べられなくなっても中心静脈栄養とか経鼻経管栄養とか胃ろうとかとにかくチューブつないでチューブ人間にしてまで生かす、といわれますよね。

それ防げるから。そんなことないようにできるから。

もちろん本人がちゃんとした意志を持ち、「その方法で生きたい」というなら選べばいいと思いますよ。

でも大抵の人が考える「チューブで生かされてる老人」って、半分死んだような状態で認知症で意識もほとんどなくて、生ける屍をわざわざ生かしてる、って状態ですよね。ていうか胃ろうだのなんだの言うと想像するのは大抵そんな老人でしょ。

まずうちの父の場合。90過ぎて肺炎で入院して、最終的にどこまで延命措置を取ってほしいいかを主治医に真っ先に聞かれました。例えば鼻チューブの食事、気管切開、心臓マッサージ。

これは医師が「当人に」直接聞き、書類に残します。父はすべて断りました。

そして病院はその通りにしてくれたので、別にチューブだらけになることもありませんでしたが、胃ろうだけは「誤嚥性肺炎に繋がるので今は口からは食べられませんがちゃんと舌の運動とかのどの訓練して食べられるようになったら、胃ろうふさいで口から食べられますよ」と言われ、それならまあいいかと本人の意思でつなぐことにしました。それから施設に入り、文芸春秋を読み孫と碁を打ち、テレビでお相撲を見て一年暮らし、最後には肺炎で父は眠るようになくなりました。

もしあの時点で「胃ろうは断る」と言っていたら、当然繋がれてはいなかったでしょう。本人の同意書が必要なんですから。

さらに施設の場合。

姑は89で全身が弱って施設に入りましたが、この施設はもっと柔軟で、死に方は自分で決められるのです。

姑は「口から食事がとれなくなったらそれで終わりでいい。ゼリー食もいらない。点滴もしないで、何にもつながないで静かに死なせて」と望みました。

水分点滴もしないって自殺ほう助になるんじゃないの、と私が夫に聞いたら、そうでもないんだよ、とあっさり答えてくれました。

姑は、大事な書類を挟めるクリアファイルの絵を見て、(私も大好きなルオーのヴェロニカでした)「まあ、ルオーじゃないの!」と喜び、枕元で娘のフルートを聞き、夫のかなでる能管を聞きながらうとうとし、入所して二か月足らずであの世へ旅立ちました。

最後の二週間は投薬もされず何も食べず何の管にもつながれず、ただ意識を失って干からびて亡くなりました。いわばベッド上即身仏。これ、現行で許されているんです。もちろん家族も施設も逮捕されませんでした。ただ、施設に確認してください。


今どきの病院や施設は、入院時、入所時に当人の最後をどう迎えるかを確認してくれます。何が何でもチューブ人間にされるという情報に惑わされないでください。大事なのは病院選び、施設選びです。


そして例の「安楽死連呼の謎」ですが、はい、乱暴なこと言っちゃいます。

国内でも工夫すれば自分で自分を安楽にあの世に持っていけるという方法もあります。が、体が不自由になってからでは難しい。

「役にも立たなくなった年寄りは安楽死を選ぶべき!家族の重荷にしかならない!自分はそうなってまで生きたくない!」

と主張するかたは、まあお元気なうちは多い多い。死ぬ気満々。

では自分が家族の重荷になる前に、元気なうちに、自らどう死ぬか、をきちんと決めておくことは、悪いことではありませんね。

決心したならちゃんと準備してください。

国は自死を選んだ人を罰したりなんかしないから安心してください。


でもね、万が一死に損なうと、自殺を選んだ人には国民健康保険がききませんよ。自らの意志でやらかした人をわざわざ保険適用して治すって利にあいませんしね。ここ大事。家族が支払う金額はとんでもない額になります。

民間の保険に入っていても、保険金を目的とした自殺や免責期間内の自殺では、原則として生命保険の死亡保険金は支払われません。

家族の財産を奪わないでね。


で、再び。家族全員失いひとりで年老いていざ手も足も動かないとなったら?

もう一日でも早く死にたいとなったら?

そうたいした決心はいりません。寝心地のいいお布団を用意して、以後水も飲まず食べ物も食べず寝てればいいだけ。ただそれだけです。

やり方は簡単ですよね。

何で国や政府に「安楽死させてくれ」と求め続けるのか私にはわかりません。

ただ、夏場に腐れると周囲や、集合住宅だと大矢さんに迷惑が掛かるので、夏はやめときましょう。そして寒い時期を選び、警備会社の見守りサービスと契約しておきましょう。例えば湯沸かしポットを三日使っていないとか、トイレの前においたマットを三日踏んでいないとか、そう言うことで連絡がいくようになってます。

折角死にかけてるのに助けにこられたら困る?

じゃあ、十日ほどあちこち旅行に行くのでその間は警備はしなくていい、と言っときゃいいんです。「その間」はね。


姑は施設でゼリー食と点滴を拒み、思い通りの最期を迎えました。ちなみに、棺桶にサヨナラしてそのまま火葬、という「直葬」を望んだので、その通りにしました。戒名をつけることは、遺書にかいてまで断固拒否してました。ちなみに、葬儀に関しては国から多少補助金も出ます。申請しないとダメですけどね。


ちなみにタイトルの「かみさまがゆるしてくれるまで」は、西原理恵子先生の名作「ぼくんち」のこういちくんのセリフ「ぼくたちはね、どんなに苦しくても、神様が許してくれるまでは生きなくちゃならない」からとりました。

西原先生、どうもすみません。


                     <了>

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かみさまがゆるしてくれるまで 水森 凪 @nekotoyoru

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