第50話_宣言の鐘

 5月2日午前0時。

  桜丘市、鏡界浮島〈鐘殿〉前――。

  青白い光を放つ“感情結晶の門”が、まるで意思を持つかのように静かに揺れていた。

  「そろそろ……最終決定の時だな」

  優也が拳を握りながら呟く。横には瑠美、翔大、千紗、メキー、かすみ。そして利奈、拓巳、凌大が並び、全員が一列に隊列を組んでいた。

  そこには、もはや敵も味方もなかった。

  「鐘を……選ぶのよ。統合か、分離か」

  彩心が前へ進み出る。すでに彼女の瞳は、微かに“感情の色”を帯びていた。

  「私たちは、60日間戦ってきた。正しさのために、仲間のために、未来のために……でもそのどれも、ひとつの“選択”には繋がらなかった」

  彼女の声は冷静だが、奥底に熱を孕んでいた。

  「だからここで、決めましょう。誰もが納得する、ひとつの未来を」

  鐘殿前の台座に、二つの結晶が現れる。

  一つは紅――〈分離〉を示す。鏡界と現実を完全に切り離し、人間の感情干渉を停止する選択。

  もう一つは蒼――〈統合〉を示す。両世界の重なりを受け入れ、共に歩むという試み。

  「投票は、感情反応による意志同調方式。嘘は通らない。本当に選んだものだけが、鐘に届くわ」

  メキーがやや興奮気味に補足した。

  「つまり、心で嘘をついたら弾かれるってこと。なかなか面白い方式デス!」

  「お前の国、投票がエンタメ扱いなんだな……」

  翔大がぼそっと突っ込むと、かすみが小さく微笑んだ。

  「でも、それでいいと思う。嘘をつけない投票なんて……本当に人の想いで選ぶことになるから」

  「こっちは覚悟、もう決めてるよ」

  利奈が一歩前に出る。

  「私は“分離”を選ぶ。理由は、弱者を守るには混じり合わない方がいいから。感情ってのは、力と同じ。暴れたら止められない。だったら……」

  「でも私は、受け入れる方に賭けたい」

  瑠美が彼女に対して穏やかに言った。

  「怖くても、知らないままよりずっといいと思うの。……私は、そういう想いを信じたい」

  空気が緊張しながらも、次々とメンバーが票を投じていく。

  翔大は統合。拓巳は分離。凌大は――どちらにも目を伏せていた。

  やがて、祥平が全員の後にゆっくりと歩を進める。

  「俺は……俺たちは、“結果”じゃなくて、“決める過程”に意味があると思う」

  静かに、赤と青の結晶の前に立つ。

  「分かり合えなかった昨日より、分かろうとする今日を選ぶ」

  その手が、蒼に触れた瞬間。

  ――カァァァンン……!

  鐘が、静かに、しかし明確に鳴った。


 ――カァァァンン……!

  その音は、これまでの六十重ノ鐘のどれとも違っていた。

  振動が、空気ではなく“内側”から伝わってくる。胸の奥に小さな波紋が広がるように。

  「いまのって……」

  「……選ばれた、のか?」

  優也が言いながら、静かに手を胸に当てた。

  結晶は、紅が静かに砕け、蒼が残ったまま輝きを増していく。

  統合案に、票が集まったのだ。

  「勝った……のか?」

  利奈がぽつりとこぼす。だがその目に怒りはない。ただ、ほんの少しの悔しさと、安堵のような陰影が揺れていた。

  「いいえ。勝ち負けじゃないよ」

  かすみが静かに言った。

  「この世界に、もう一度チャンスが与えられただけ。……私たち、そこから始めないと」

  投票場となった鏡界の台座は、静かにその役目を終え、地面へと沈み始めた。

  そのとき、鐘殿の奥から――かすかに“風”が吹いた。

  「これは……」

  アレクサンドラが目を見開いた。

  「中心核が……変化してる。制御コードが“選択後の世界準備”モードに移行しています!」

  メキーが即座に補足する。

  「やはり……感情の統一が、世界の形を決定する鍵だったんデス……!」

  すると、彩心がわずかに眉をひそめた。

  「でもおかしい……制御中枢に、余計な演算回路がある……これは――」

  「“誰か”が、まだ改竄を試みている……?」

  祥平が鋭く言った瞬間――

  ズゥゥゥンッ!

  空が裂けた。

  鏡界の最上層に、真紅の亀裂が走る。

  まるで、決定された“未来”に逆らおうとする、もう一つの意志が顔を出したかのように。

  「まさか……まだ敵が……?!」

  翔大が慌てて構える。

  しかしそのとき、瑠美が一歩踏み出し、全員の前に立った。

  「……最後の試練が来るよ。

  でも、もう迷わない。だって、私たちは“選んだ”から」

  その声に、誰もがうなずいた。

  〈共鳴隊〉と〈零視点〉の全員が、戦闘態勢に入る。

  そして浮島の上に、巨大な〈鐘守〉――かつて彩心が見た幻影に酷似した存在が、姿を現す。

  「この鐘を、守るのは……私たちの覚悟だ!」

  祥平が叫ぶ。

  統合の鐘が選ばれた今、その選択を現実にするための――最後の戦いが始まろうとしていた。

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鏡界シンクロナイズ ―桜丘高校《共鳴隊》の六十日― mynameis愛 @mynameisai

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