第38話 村上水色は失恋したと思った
グループが再編成されると、授業は秩序を取り戻した。生徒たちは手元の道具を動かし、包丁とまな板がぶつかる音が絶え間なく響き、時折先生の指導の声が混じる。
多崎司は村上水色をちらりと見、村上水色も春日香苗をちらりと見た。
春日香苗は二宮詩織をちらりと見、二宮詩織は多崎司をちらりと見た。
「……」
「先生……すみません!」
家庭科の先生は流し台から顔を上げ、こちらを見た。「村上君、またどうしたの?」
「ごめんなさい、お腹が痛くて、トイレに行ってきます」
「はい、早く戻ってきなさいね」
「はい!」
村上水色は多崎司にウインクをし、一目散に調理室から走り去った。
この一連の行動を見て、多崎司は思った。**「彼女はいなくてもいいが、この友人は絶対に大事にしよう」**と。
「よし……私たちも始めましょうか」春日香苗は微笑み、黙ってエビを手に取り、調理台の反対側で一人殻を剥き始めた。
おいおい、二人で示し合わせていたのか?
村上水色がわざとボウルを落とし、春日香苗が自ら進んで手伝いを申し出て、村上水水色が「うんこ逃げ」という技を使い、最後に春日香苗がエビと共に授業を過ごすことを選んだ。
多崎司はうんざりした顔で二宮詩織を見ると、彼女も同じような表情で彼を見ていた。
しばらくの沈黙の後、彼女は微笑んだ。「始めましょうか、多崎君」
【もう怒ってないよ~!二宮詩織の株価指数、20ポイント上昇。現在株価:60】
元気いっぱいの少女は、ステンレス製のボウルを流し台で洗い、コンロの上でバターを少し溶かし、卵一つと少量のベーキングパウダーを混ぜ、最後に牛乳と小麦粉を加えて、一人で生地をこね始めた。
多崎司は隣でベーコンを細かく切りながら、時折彼女の動きを意識的に見ていた。
どうやら小麦粉の割合が違ったようで、二宮は手で小麦粉を掴んで生地に加えた。その後、額にかかった前髪を耳の後ろにかき上げた。小麦粉がついた指先が額に二本の白い跡を残し、まるでペンキ屋が試し塗りをした跡のようだった。
よく見ると、彼女は本当に品のある美しい少女で、その容姿は人を惹きつける魅力があった。
ベーコンを切り終えた後、多崎司は尋ねた。「何か僕に手伝えることはある?」
「ううん、大丈夫。一人でやることに慣れてるから」そう言って、二宮詩織は彼に優しく微笑んだ。生地をこねるのにかなり力が必要なため、彼女の清らかな顔は赤みがかっていて、とても可愛らしかった。
生地をこね終え、20分間発酵させるために脇に置いた。彼女は赤と黄色のパプリカを洗い、まな板の上で輪切りにし始めた。
多崎司は隣で何をしたらいいか分からず、ただ二宮詩織がパプリカを切るのを見つめていた。彼女の包丁さばきは手慣れていて、その動きは非常に美しく、しなやかで、全体に統一感があった。
彼は感心しながら見ていた。
「よく料理するの?」と彼は尋ねた。
「うん、小さい頃から料理を習ってたんだ」二宮詩織は彼に背を向けたまま、自信に満ちた声で言った。「自慢じゃないけど、私の料理はすごく美味しいの。家にお客さんが来たときは、いつも褒めてもらえるんだ」
「機会があれば、僕も食べてみたいな」
「本当に?」二宮詩織は振り返って彼の顔を見つめた。彼女の瞳は、川底が見える山間の渓流のように澄んでいた。
その瞳から怒りの感情は感じられず、多崎司は不思議に思った。彼女がまっすぐに自分の目を見つめるとき、その白黒はっきりした瞳は、とても澄んでいて、キラキラと輝いている。
**血の通った、生身の少女だ……**多崎司は心の中でそう思いながら尋ねた。「もう怒ってないの?」
「どうして怒るの?」二宮詩織は笑って振り返り、パプリカの輪切りを続けた。
「僕、あなたを攻略するつもりなんだよ。こんな小さな挫折でくじけてちゃだめ。エジソンだって何千回も失敗して、やっと電球のフィラメントを見つけたんだから。僕はエジソンに劣らないけど、何百回の失敗をする覚悟はできてるんだから」
本当に愛らしい女の子だ。型にはまらず、気取らず、日本のこのような型にはまった社会では、まるで一筋の清流のようだ。
「あのさ……」多崎司は言葉を選び、小声で言った。「僕たち、良い友達になるだけでも楽しいんじゃないかな」
「それはいやだ」
二宮詩織は振り返らず、パプリカを切りながら言った。「私が東京に来たのは、東京のイケメンと付き合ってみたらどんな感じか、体験してみたかったから。そうじゃなきゃ、わざわざ一人でこんなに来た意味がないもん」
「えっと……イケメンなら誰でもいいの?それはちょっと……」
「イケメンかどうかは重要じゃないよ。ただ、フィーリングが合う人を探してるだけ」二宮詩織は振り返って彼にウインクした。「ただ、たまたまブサイクには惹かれないだけなの」
「ダメだ」多崎司は首を振り、言った。「僕はお金もないし、話もつまらない。もっといい人を攻略するべきだ」
「私、あなたの話がつまらないなんて思わないよ」
二宮詩織は突然、彼の目の前に近づき、少しつま先立ちをした。「むしろ、あなたの話し方が大好き。まるで何もない白い壁に、すごく綺麗なペンキを塗るみたい。誰かにそんなこと言われたことある?」
顔にかかる温かい息は、湿った香りを帯びて、とても心地よかった。
多崎司は少し顔をそむけた。「ない……僕、友達もほとんどいないから、そんなこと言われたことないよ」
二宮詩織はかっこよく指を鳴らした。「じゃあ、私が最初にそう言った人って、あなたの心に特別な何かを残した?」
「うん……まあ、そうかな」
「それでいいじゃん。お金がないって?私もお金ないよ。私たち普通の人同士、この金にまみれた学校で、ちょうどいいカップルになるんじゃない?」
「君なら、もっと良い相手を見つけられるのに……」
「その言葉、二度と聞きたくない」
二宮詩織は彼の目をまっすぐ見て、これまでにないほど真剣な表情になった。「私、自分の人生をすごく真剣に考えて、まっとうに生きてるんだよ。すべての女の子が、スポーツカーに乗ってる男の子と友達になりたいわけじゃないってこと、分かってほしいな」
「ごめん……失言だった」
「じゃあ、謝罪の気持ちを示すために、授業が終わったら一緒に食堂に行こう。私がレモネードおごってあげるから」
多崎司は頷くしかなかった。「分かった」
二宮詩織は得意げに笑い、瞳にはずる賢い光が宿っていた。
多崎司は頭を抱えた。「生地が発酵したみたいだ。ピザを作ろう」
「ハハ、任せて」二宮詩織はオーブンの天板を取り出し、底に油を塗ってくっつくのを防ぎ、生地を入れて平らに伸ばした。そして、春日香苗に大声で呼びかけた。「香苗、エビ早く剥いて!10分後に使うから!」
「ご、ごめん……はい!」
春日香苗はとっくに剥き終えていたエビを彼女に手渡した。二宮がオーブンで忙しくしている間に、春日香苗は多崎司に笑顔で話しかけた。「詩織はさっぱりした性格の子で、全然気取らないんだ。一緒にいると、いつも彼女に元気をもらえるの」
多崎司は頷いた。「そうだね」
ピザが焼き上がり、三人は少しずつ食べたが、味は確かにおいしかった。終業のチャイムが鳴り、家庭科の授業は終わった。
調理室を出ると、多崎司は村上水色が入り口で不機嫌な顔をして立っているのを見つけ、「先に食堂に行くよ」と言った。
そう言って、手を振り、二宮詩織と並んで食堂へ向かった。
村上水色は口を尖らせ、心の中で不満を感じていた。
「今日はありがとう。君が手伝ってくれなかったら、二人はこんなにスムーズに仲直りできなかったよ」
振り返ると、そこにいたのは春日香苗だった。
「どういたしまして……」
「どうしたの?なんだか元気なさそうだね」
「俺、失恋したみたいだ」村上水色は多崎司の後ろ姿を指差し、悲しそうに言った。「前は、多崎はいつも俺と二人だけで食堂に行ってくれたのに」
「はいはい……泣かないで」春日香苗は笑って彼を慰め、残ったピザを差し出した。「彼の心の中には、まだ君がいるって。ほら、このピザはわざわざ君のために残しておいてくれたんだよ」
「本当に?」
「本当だよ」
春日香苗は頷き、振り返って去っていった。
本当はね……二人とも食べ過ぎるとご飯が入らないから残しておいたんだよ。
**でも、君たちの友情のために、このことは言わないでおこう……**春日香苗は、ピザを抱きしめて感動で涙ぐむ村上水色を振り返って見て、そっと微笑んだ。
私の恋愛指数はいっぱいになりそうだ @renyuu_
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