陰陽師 安倍晴明の孫三人。

グイ・ネクスト

第1話 安倍晴明の孫三人。

「わしを式神として使え」

それがじっちゃん、こと、安倍晴明が残した最後の言葉だった。


正直、三人の中の誰かが・・・晴明を引き継ぐんだと思っていた。

ボクは継久つぐひさ。呪いを見つけるのが得意なゆず姉か、結界が得意なかん姉ちゃんが晴明の名を・・・。


え?ボク。ボクは呪詛返しが得意だ。じっちゃんの信念を理解できたから。


ただじっちゃんは「三人で晴明をやれ。それでこそ道長様暗殺を防げる」と、言った。家長かちょうであるじっちゃんの遺言は絶対だ。ボクたちは三人で明日から黒い立烏帽子たてえぼしを被り、白い狩衣かりぎぬを着て、陰陽師をやる。


そう思っていたのはボクだけだった。


 かん姉ちゃん、こと、神和かんなぎ(巫、これ一文字でも、かんなぎと読む。諸説ある)は、中宮彰子(しょうし、またはあきこ)様の衣装をお借りして、こっそりと十二方位に結界を張りたいと、道長様に提案し、あっさり許可を取っていた。つまり、中宮様に変装する事で、陰陽寮の仕事と思わせずにってところだね。向こうも秘密裏にやっているわけだから。


 ゆず姉ちゃん、こと、ゆずりは(ゆず姉ちゃんは柚子の可能性も。生まれた時に柚子が取れたからとか。楪は子孫繁栄とか、新年の飾りとして使用される有名な物でもある)も、中宮様の衣装をお借りして、道長様の側で呪い、しゅを結んでいる人間を調べたいと、提案した。これには道長様の奥様も賛成されて、私が特別に使わした小性と名乗る事まで許された。一体どうなっているんだ。じっちゃんの姿をするのはボクだけかよ。まあいいけど。


で、ボクは何をするか。じっちゃんは式神を使ってくると言っていた。

呪術の基礎とも言える式神。


式神を使用するには少なくとも3回以上のしゅが必要となる。


そもそも呪って何?


そうなるよね。


挨拶を交わすのも呪の一つ。それには相手の顔を見て、目を見て、認識するところまで。そうやって初めて一つの呪い。そして挨拶の呪というのは1回しか呪としては効用が無いんだ。それも出会って3日以内に呪として使用しないと意味ないからね。


おそらく相手はそれを分かった上で、3日以内に仕掛けて来る。だから今日から3日後が決行日となる。それは道長様にも伝えている。警護は増やすと言ってくれているからその辺は心配ない。


そして今日出会った相手の中に、つまり、ゆず姉ちゃんの高待遇が頷けるよね。


そう、いるのだ。今日出会った相手の中に。


さて、どうやって残り二つのしゅを手に入れるのか。


喜怒哀楽の感情を混ぜた呪い。つまり、道長様に怒られるとか、笑わせる、悲しませる。それを目の前でしてくる奴がそれだ。そのためなら本人の前であからさまに悪口を聞こえるように言うとか、道長様の大切にしているモノを壊すとか。


これは側にいないと分からない。


そう、犯人はゆず姉ちゃんが見つけてくれる。

ただじっちゃんが言っていた蘆屋道満あしやどうまん。こいつに会いに行こう。

「式神を理解しているのはおそらく道満ぐらいだ。」って


きっと読んでいる人にはまだ式神は理解できないと思う。


しゅを3つ集めると何が起きるのか。


答えは霊が見える。


そう、霊が見えない人にも霊が見える。


仕掛けた本人と対象者にだけ、見える霊が作り出せる。


これが式神という暗殺術だ。対象者にだけ見える霊が、悪霊なら


対抗する手段無く、人は殺せる。


それも陰陽道を知らない人間には証拠すら分からない・・・。


でもまあ、安心して。ボクは呪詛返しが得意だから。


操られた式神のためにもね。あー蘆屋道満あしやどうまんどこにいるかなぁ。


まだ年齢を言ってなかったね、この時ボクたちは15歳。


結局、白い狩衣を着たのはボクだけだし。


えーっと道満の特徴は・・・髭を伸ばしていて、ギョロっとした目つき。


おっ、道長様たちが庭にいる。ゆず姉ちゃんも遠くから(5メートルほど離れて)見ているな。あ!あいつだ!蘆屋道満!いるじゃないか!


なんだ、道長様に近づいていくぞ。


「おい、あんた」と、ボクは気づくと蘆屋道満を後ろから呼び止めていた。

「晴明の孫か。今は忙しい、あとにしてくれ」

「な、何だと」と、そこで道長様の警護の人に止められる。

ってボクが止められてどうするんだよ。


「播磨から上がってきた蘆屋道満だったか」と、道長様は聞かれる。

あちゃーしゅを1つあげちゃったよ。

「いかにも。ここにいる晴明の孫よりは役に立ちまする。中宮定子(ていし、またはさだこ)様にお仕えさせていただいておりまする。お見知りおきを」と、道満は頭を下げた。


「聞きづてならんな。余は晴明の孫を信頼しておる。晴明が其方なら悪巧みをして来るやも知れぬと申しておったが」と、道長様は怒っておられるのか、道満を睨むように見られた。これで2つ。


「はっは。晴明も歳を取ってボケたのでしょう。悪巧みなどと。何も何も。ところで道長様は犬はお好きですかな?」


道長様は歯軋りされる。じっちゃんを馬鹿にされたのが、さらによく無かったみたいだ。これで3つ。


「犬か。まあ、好きと言えば好きだ。・・・・・・ゆず、茶菓子を!」と、道長様はゆず姉ちゃんに命令して、道満に後ろ姿を見せて立ち去って行く。これで4つ。


ほぼこいつで間違いねぇよ。ええっと「ちょ、離してくれ、警護のおっちゃん」

と、ボクは再び道満の前に立つ。


「何じゃ晴明の孫?」


「あーさっきはあんたって呼んで悪かった・・・ボクは継久つぐひさ。お察しの通り、晴明の孫だよ。道満さん、じっちゃんの足元にも及ばないね。呪い殺しは素人にしか効かない。道満さんのやり方じゃ無理だと思うよ」と、ボクは言った。


道満の顔が赤くなって行く。めちゃくちゃ怒っている。よし、呪を1つ。


「ふ、ふざけるなよ、15になったばかりの小僧のくせに!お前が止めてみろ!そんなに言うならな!」と、ボクの胸ぐらを掴んでくる。これで呪は行動と合わせて2つ。つまり、4つ。よしよし。


「慎吾さーん」と、さっき取り押さえられた時の警護の人の名前を大声で呼ぶ。


「くっ。小賢しい小僧め」と、道満は手を離して去って行った。これで5つ。


これで呪詛返しの用意は整った。



 決行日の前夜。


十二畳の応接間にて、3つの座布団の上にボクたちはそれぞれの格好で座っていた。


羨ましい事に中宮様の衣装を着たまま、座っている姉二人を遠目に見ながら、打ち合わせを始める。


「盛り塩を12カ所に設置したわ。継久・・・・・・おそらく、道満はどこか1カ所を壊して入って来る。呪詛返し頼んだわよ」と、かん姉ちゃんは片目だけ開けて、ボクを見て来る。


ゆず姉ちゃんは片目すら開けず、両目を閉じたまま、話し始める。

「きっと犬の悪霊を用意して来るわよ。あの日の会話、覚えているでしょ。側にいたわけだし。偶然だけど。それと相手が集めたしゅは4つ。あれから増えてないわ。ちゃんと4つ集めた?そうで無いと見えないわよ」


「大丈夫。ちゃんと4つ集めたよ。ちゃんとね。あとはいつも通り、呪詛返しをするさ。まっ心配はして無いでしょ?」

「おじいちゃんの信念ってさ。今だによく分からないんだけど」と、かん姉ちゃん。

「私も分からない」と、ゆず姉ちゃんも。

「全てのけがれが、我には必要。うーん、あれ?じっちゃんが、分からない時は法華経の十六番を読めばいいって言ってたよ。ほら、分かりやすい例文があっただろ。心を失い、救われるための薬を飲めない者こそ、正客。救うべき者なり。ってさ。」と、ボクは言ってみる。

「だからそこよ。心を失いってどう言う状態よ」と、かん姉ちゃん。

「助かる縁の無い極悪人であっても救うって意味だよ」と、ボク。

「どんな極悪人でも助けるってこと?」と、ゆず姉ちゃん。

「そう、それもその極悪人がいる場所、世界、宇宙ごとね。スケールが大きいだろ。だからじっちゃんはスゲーわけで。」と、空にいるじっちゃんに向かって言ってみた。すると、二人も天井を見上げて、何か呟く。


それがじっちゃんだったのか、おじいちゃんだったのか。ボクには聞き取れなかった。ただなんか同じ、じっちゃんを持つ者同士いい感じだった。


とうとう決行日。

朝から警護の人数を増やして、かん姉ちゃんの結界が壊れていないか、三人で見て回った。こんな日でも、姉ちゃん2人は中宮様の衣装を着ている。最高の服だ。何せ、天皇様のお妃様なんだから当たり前だけど。


ボクはじっちゃんから譲り受けた白い狩衣。だいぶ馴染んできたけど、なんか悲しい。姉ちゃんたちは最高の服で、ボク、めちゃくちゃ普通何ですけど。


まあいいけど。


朝の11時30分。当時はそんな言い方をしなかったとは思うけど、ボクの記憶で、現代の時間に翻訳するならそれぐらいの時間。かん姉ちゃんの結界である、盛り塩が1カ所壊された。


式神が入って来る。おそらく犬の悪霊あくりょう


犬の首を切り落とし、悪霊としたんだろう。


酷い事しやがる。


道長様が庭に出られた。

「おや、あんなところに白い犬がいるではないか」

うん。ボクも見える。ボクにはすでに首だけの犬に見えている。


警護の人たちは理解できていない。「道長様、お言葉ですが・・・犬などどこにも」


「な?馬鹿な!いや、しかし。継久!お前はどうだ!」

「へへ、もちろん、見えてますよ!全ての穢れが我には必要。」

言霊を先に唱えて、犬の首と道長様の射線に割り込む。


犬の首はボクの首に噛みつこうとして、白い光にはじかれる。


じっちゃんだ。式神であるじっちゃんが、犬の首をそっと優しく抱きしめる。


ボクと同じ立烏帽子たてえぼしを被り、白い狩衣を着ている。姿はじっちゃんの20代の頃に見える。黒髪だ。


犬の目に涙が流れている。浄化されて行く。


白い光そのものとなって天に昇って行く。


呪詛返し。呪いそのものに、感謝を捧げる。


たったそれだけの事で呪いは消える。


まあ、見えていたらなかなかできないけどね。


普通は怖いから。


言霊が間に合わない時は・・・いいや。


晴明神社にお参りするなら、じっちゃんが、全ての呪いに


感謝を捧げて、浄化してくれている。


そうだろ?じっちゃん。


「道長様?」後ろから抱きしめられていた。

「助かった、助かったぞ、継久」

「いやいや、かん姉ちゃんと、ゆず姉ちゃんのおかげでさ。事前に身構えることができていたからこそ・・・じっちゃんを呼び出して浄化できました」


「晴明の言っていた通りになったな。3人で晴明だ。蘆屋道満が呪いを用いた証拠と記録は取ってあるんだな。それを元に追放しよう」と、道長様は言ってくださった。いい笑顔だ。


後ろから姉ちゃんたちもやってきた。かかか、2人ともいい笑顔だ。


3人でじっちゃん一人分。


それも悪くねぇ。


ただ蘆屋道満は、播磨の国に追放され、現在の日本の佐用郡で善行を積んだという伝説がある。


そしてとても不思議な話しだが、安倍晴明を名乗る3人は、播磨の国の領主になる。


安倍晴明を名乗る3人組は現在の宍粟市、たつの、佐用、赤穂、姫路の領主となってそこに骨を埋める。


そこにまた生まれるのも住むのも、それはまた別のお話。


参考文献:陰陽師の解剖図鑑。

安倍晴明の服装・・・白い狩衣はドラマなどで、よく使用されていた服装。であり、陰陽寮(当時の公的機関の呼び名)の制服という物は無く、色んな狩衣を着ていたのではないかと予想される。紫を着たり、赤を着たり、きっと自分は赤だろう。

陰陽寮は土御門家と名前を変えて明治まで続き、さらに明治以降廃止されてからは土御門家の神道の機関として現在も続いている。

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