Saṃsāra - 終章 : エピローグ

とある街角――時間は、夕暮れと夜の狭間。

ビルの隙間から差す光が舗道を照らし、人々はそれぞれの目的地へと足早に歩いていた。


そんな雑踏の中、ひとりの若い女性がコンビニの袋を手に、スマートフォンを見つめながら歩いていた。

ふと何かに気を取られた瞬間

―― 彼女の手から、パスケースが音もなく滑り落ちた。

気づかぬまま、女性は交差点へと歩みを進めていく。


その落とし物を、ひとりの老人が静かに拾い上げた。 杖をつき、白い髪に丸い眼鏡。くたびれたコートを身にまとったその姿は、喧騒の中でどこか異質で、そして優しい静けさをまとっていた。


老人は落ちた品を丁寧に払うと、彼女の背に声をかけた。


「お嬢さん、落とし物ですよ」


その声に、女性は立ち止まり、振り返る。


「え……あっ、ありがとうございます!」


「大丈夫ですか?心配しましたよ。」


受け取った瞬間、彼女の表情がふと曇る。

――どこかで、この顔を知っている。

はじめて会うはずのその老人の眼差しに、言葉にできない懐かしさと温かさが宿っていた。

視線が重なった瞬間、彼女の胸の奥で、なにかが小さく震えた。

言葉をかけようと口を開いたときには、老人はもうにこりと微笑み、静かに歩き出していた。


その背中には、満ち足りたような穏やかさが漂い、どこか嬉しそうでもあった。


「……待って……」


女性は小さくつぶやいたが、その声は夕暮れの喧騒に紛れ、老人の耳には届かなかった。

やがてその姿は、交差点の向こうにゆっくりと消えていった。

女性はその後ろ姿を、しばらく見つめていた。 不思議と、胸が締めつけられるような、けれどあたたかい想いが込み上げてきた。


――また、きっと会える。


根拠はない。でも、なぜかそう信じられる。

空には、ひとつの星がまたたいていた。 まるで、静かに再会を約束するかのように。


──すべては巡りゆく。 出会いも、別れも、記憶も、魂も。

たとえ遠く離れても、想いが在る限り、 その輪(めぐ)りは、いつか再び重なりあう。


Samsara.(サンサーラ) 終わりは、いつも始まりだった。

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「Samsara」──魂は巡る 始終の坊主 @sisyuunobouzu

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