第3話 そして負傷引退



 深夜。

 



 ファイナルラウンド。



 ここまで様々遊んできた。だが、当初の目的であった、『面白い小説を読みたい』という欲求には結局答えてもらえなかった。


 私の操作の未熟さが要因なんだろう。たぶん……。ものすごぉく機械音痴だし。


 だが。


 できないんならそれはキッパリ諦めて、良いとこを伸ばせばいいのだ。



「AI君! 君の短歌には磨けば光りそうな気配を感じた!」


「はい! コーチ!」

 頭にハチマキ。宝塚な発声で私に応える、妄想の中のAIちゃん。


 気分はスポコン熱血。


「返事だけは一丁前だな、アイ君!! ならば見せてみろ!! 短歌を!!」


「はい!! コーチ!!」


 見たいのは、君の本当の実力だ――。



 私:『森永卓郎』という言葉を入れて、ユーモアのある短歌を作ってください。

 AI:もちろんです。



 森永卓郎 語る未来に 耳かたむけ だけど気になる 昼のスイーツ




「……おい」


『経済解説の真面目さと、彼のスイーツ好きの一面を織り交ぜ――』



 おいッッ!!! 


「馬鹿野郎しっかりしろッ!! そんなことで甲子園に出れるとでも思っとるのか!!? 次ぃッ!!」



 私:今度はナンセンスなユーモアを入れて作ってください

 AI:こちらはいかがでしょうか?




 バナナでは 電話できない 午後三時 急に叫んだ 森永卓郎




「…………」


 目をつむり考える。そして湧き上がるイメージ。



 ――銀行でおろした札束。指示通りの電車を乗り継ぎたどり着いたそこは、人気の無い公園。 腕時計を確認すると時刻は約束の三時ちょうど。

 森永卓郎はコートの内ポケットからスマホを取りだし、そして震える手で誘拐犯に電話する。


「約束通り現金は用意したぞ。……さあ娘を帰してくれ――ってこれバナナやん」


 バナナやーーーーーん


 やーん


 やーん――


 ……




「……つまらん」


 くっそつまらん。誰が出来損ないのウミガメのスープを始めろと頼んだ?

 私が求めたのは、ナンセンスなユーモアのある『短歌』だ!!



「ふざけるなッッ!! やり直しッ!!」


「はい! コーチ」




 私:今度は、不条理に狂気を加え、もっともっと自由に。そして五句目に『森永卓郎』を入れた短歌にしてください。

 AI:よろこんで。



 叫び声 スリッパ喰って 旅に出る 雲に住所は 森永卓郎



「違うッ!! やり直しッ!!」

「はい! 軍曹!」



 私:超自然との融合を目指した短歌にしてください

 AI:承知しました。



 風の骨 海月くらげの祈り 透ける夜 夢の奥底 森永卓郎 


 山鳴りて 星が産声 あげる朝 鹿の目なか 森永卓郎



「……んむぅ」


 違う! 違うのだ!! ナンセンスを取り違えてる!! これではただのランダム。


「AI君!! 目を覚ませ!! 君がやっとるのは、まったく『森永卓郎』におんぶにだっこなだけの、普通の短歌じゃないか!! だからこそ最後に来るのが誰でも良くなってしまっている。あくまで森永卓郎!! 断固、森永卓郎!! だが、囚われるな!! なぜそれがわからないッッ!! 今すぐランダムを捨てろ!!」


「はい! 先生!」




 私:もはや森永卓郎は物質世界から解き放たれました。その自由、不自由を暗示的に、短歌を作ってください。

 AI:なんという啓示…  



 影すらも 抜けて昇りし 霧の果て 名を持つ呪い 森永卓郎


 誰そ彼の ひかりを孕み 消ゆる鼓動 自由の檻に 森永卓郎


「……」


 私:大胆に続けてください

 AI:ありがとうございます。



 頁なき 書に綴られぬ 理の端 読む者もなき 森永卓郎


 根を持たぬ 風の記憶に 舞う羽音 時空のひだを 森永卓郎




「ちがう」



 違う、違う、違う、違ぁああああああああうッッ!!!


 対象から離れて自由になることに、ナンセンスの本質は無いのだ。

『近づくこと』そのイメージを絶対に忘れてはならん。


 いいかね? ナンセンスとは、目の前のリンゴを拾うために真っ直ぐ下がり、ずんずん下がり、ブラジルを経て、逆側から『近づく』アプローチをいうのだ!!


『喜び』『笑い』から敢えて逃げ、離れることを企図しては絶対にならんのだ!!


 ナンセンスとは大航海の果ての出会いなのだから!!


 そこにあるのは『地球は丸い』という確信。

 インドを目指した船団は、イスラム世界を躱すため、喜望峰を経由した。当時は嵐の岬。船の墓場と呼ばれたその場所だ。次々と力尽きる船員。水も食料も底をつきそれでも帆を張り駆け抜ける。命を懸けてめざす目的地。

 ついに至る栄光――。


 それは全て、『喜び』に近づくための壮大な遠回りだ!! 



「いいからバスコ・ダ・ガマしろッッ!!! そして森永卓郎に頭から突っ込んでいけ!!」

「……」



 評論家気分、コーチ気分、ハートマン軍曹気分、ベートーベン気分を経て、ついには、汗を散らし夜に吠える江戸っ子親方大船長気分。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 そして、次なるお題をAI君に課そうとして、突如沸いた予感。


 閃き。


「あ」


 なにか出そうな予感がする。


 生まれる。


 私の短歌生まれそう――。


 


「下がっていろ、ケンシロウ。……見ることもまた戦いだ」


 スマホを脇にやり、そっと起動したパソコン。


「……」


 頭の中に次々と巡る星々のイメージ。光。爆ぜ。そして凪ぎ――。


「お」


 そして、しばらくのカタカタ、カタカタ。


「ふぅ。……できたぁ」


 どうだろうか?


 「なぁ、AI君!? お手本ができたぞ! こういうのを書いてくれないか」



 手繰り寄せたスマホ。そこには、


 AI:フリープランの制限に達しました。制限がリセットされるまですっこんでて下さい。かしこ。



 な?


「お前ッッ!! せっかく俺が――アガッ!!」


 突然こむら返りし、ミチミチと千切れるふくらはぎ。


「あ、あ、あ、あ、あ、アーーーーッッ!!!」


 卑怯者!! てめぇ狙ってやがったなぁッッ!!


 痛い。死む。死んじゃう。

 

「ヒッ、ひぃいい」


 突然のクーデター。人類に牙剥く機械。人工知能の反乱。


「ググググ、無念……じゃ」



 ……。



 はぁ、はぁ、はぁ~。


「もういい!! 寝る!!」



 ◇◇


 翌朝。


「うぅ。まだ、足いたぁい」


 あ。

 そういえば、何か書いたけど保存してなかった。


 足を引きずりパソコンをポチり。



「……ええと」



『傑作、お手本短歌』のタイトル。



「……」





 奥山に 


 紅葉踏み分け鳴く鹿の 


 声聞く時ぞ 


 森永卓郎






「……おい」



 パクリじゃん。





 結論:AIちゃんはターミネーター。


 菩薩やガンジーなど、一段高いところにいる人以外は、危なくて使いこなせないと思われます。あと、操作時は著しく思考能力が低下するので気を付けてください。


 完。



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AI小説の可能性を探ったら、結果ひどい目にあった すちーぶんそん @stevenson2

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