噂になったアイドルの女の子
大濠泉
第1話
◆1
ワタシって、みんなから可愛いって言われる。
小学校に行くと、たくさんの友達から、
「その髪型、似合ってるよ」
と言われる。
ワタシがスカートをひるがえして、くるりと回ってみせるだけで、女の子は、
「うわぁ、素敵!」
と声をかけてくるし、男の子は黙って見惚れて、顔を赤くしてる。
学校だけじゃない。
近所に住んでいるお母さんのお母さんーーワタシのおばあちゃんも、ワタシのことを可愛いって言ってくれる。
お父さんもお母さんもいつも働いて家にいないので、ワタシは〈おばあちゃん子〉だ。
おばあちゃんは、ご近所さんでは〈福顔のおばあさん〉と言われている。
いつもニコニコしていて、優しい。
ちっちゃな頃から、ワタシはいつも、おばあちゃんから言われていた。
「女の子は笑顔を絶やさないこと。これが大切なんだよ」と。
だから、ワタシはいつも元気いっぱい、明るい表情を心がけてた。
ある日、いつも通り、ワタシは学校帰りにおばあちゃんの家に立ち寄って、おせんべいを食べていた。
すると、一緒にテレビを見ていたおばあちゃんが、画面を指さして言った。
「あの子たち、アイドルっていうの? あなたも、どうかしら?」って。
ワタシが「アイドル?」と自分に指をさして笑うと、おばあちゃんは真面目な顔をして大きくうなずいた。
「おばあちゃんは、応援するよ」
その日から、振り付けを覚えて、ダンスもお歌も、いっぱいいっぱい練習した。
おばあちゃんの後押しがあったからだ。
そうして、三ヶ月後ーー。
パパもママも反対してたけど、ワタシはアイドルになった。
芸能事務所での面接のとき、偉いおじさんから、
「君の笑顔は可愛いね。これから、よろしく」
と言ってもらった。
おかげで、ワタシはアイドルになれた。
それからというもの、ワタシは東京の芸能事務所に所属して、毎日ダンスの練習、ボイストレーニングに明け暮れた。
事務所で、同じ年頃のお友達もたくさんできた。
でも、みんながアイドルになれるわけじゃない。
なんとしても、ワタシはアイドルになりたかった。
日本中の人々から、素敵って言われたかった。
◆2
ある日、事務所で発表があった。
初めてソロで歌うオーディションがあって、これでアイドルグループでのデビューと、センターが誰になるかが、決まるという。
練習帰りにおばあちゃんのところで、「どうしよう」って緊張してたら、おばあちゃんが「黒豆は
煮汁は黒くてちょっと
おかげで、声の伸びが良くなったような気がした。
それから一週間後ーー。
ワタシは新しくデビューするグループで、センターを勝ち取った。
以来、ワタシは黒豆の煮汁を、たびたび飲んだ。
アイドルの仕事は、思ったよりもずっと忙しかった。
テレビに出られるのはほとんどなく、たいがいは事務所が借りた小さなステージで、〈大きなお友達〉の前で、一生懸命歌ってダンスする。
ワタシはマイクを持って、歌をうたい、笑顔を振りまくセンターにいる。
おかげで人気もあり、多くのファンと握手した。
でも、半年もすると、ワタシ以外の
ワタシよりも、もっとダンスが上手な娘も出てくるようになってきた。
ワタシが焦りを覚えてきた頃、初めての屋外コンサートが企画された。
いつも事務所で借りるステージの三倍の広さはあった。
事実上のデビューは、このコンサートを終えてからといえる。
これでグループの人気が決まる。
ワタシはすぐにおばあちゃんの家に駆け込んだ。
なんとしても、センターを死守したい。
そのためには、歌声をもっと伸びやかにしたい。
ちゃぶ台に座るおばあちゃんに、ワタシは前のめりになって問いかけた。
「黒豆は?」
「もう、ないよ」
「ええ!? 黒豆、出してよ。絶対、必要なの!」
「じゃあ、とっておきのを出すよ。でも、今回きりだよ」
そう言って、おばあちゃんは立ち上がって、神棚にパンパンと
ちゃぶ台の前に座ると、小袋をぐるぐる巻きに閉めていた
おばあちゃんは、いつもにも増してニコニコしていた。
「本当は教えたくなかったんだけど、黒豆より、コレの方が効くんだよ。
おばあちゃんの秘宝だ」
小袋から取り出したのは、小さな木の札の束だった。
何枚もあって、一枚一枚に
おばあちゃんは信心深い。
神社仏閣が好きで、お参りをよくする。
お家でも、
いろいろなお札やお守りも持っており、それらを人にあげたりしていた。
でも、こんなお札を神棚の奥に隠していたなんて、知らなかった。
小袋から取り出した木札を、おばあちゃんは一枚抜き取る。
そして、水の張ったお鍋に放り込んだ。
ちゃぶ台に載せたコンロで、コトコト煮る。
お札は白いのに、なぜか煮出した液体は真っ黒になっていた。
その煮汁を、湯呑み茶碗にコポコポと入れる。
おばあちゃんはニコニコ顔で、ワタシの前に湯呑みを差し出した。
「さぁ、お飲み」
ワタシはウッと喉を詰まらせ、鼻をつまんだ。
それほど匂いがキツかった。
木が腐ったような、鉄が
おばあちゃんは皺だらけの手で、湯呑み茶碗をグイグイとワタシに押し付けた。
「どうしたんだい? アイドルになりたいんだろう?
おばあちゃんも、あんたが真ん中で歌って踊るのを見たいよ」
ワタシはウンとうなずいて、目をつぶる。
湯呑みを手にして、グイッと飲んだ。
見た目通り、渋くて苦くて
◆3
そして、野外コンサートの当日ーー。
凄い歓声が、会場いっぱいに響き渡る。
ファンがたくさん集まっていた。
ワタシはセンターとして、力いっぱい歌った。
今までで一番良い声が出ていた。
ワタシのサイリウムカラーは赤色だった。
大勢のファンが振るサイリウムが
コンサートが開けた後、マネージャーが駆け寄ってきた。
「いいよ、君! 声が一段と伸びやかになって、
『ウチのチームの不動のセンターだ』って、
そう言うマネージャーも、嬉しそうに笑っていた。
ワタシ自身も、本当に嬉しかった。
野外コンサートが大成功のうちに終わった。
ワタシはグループの〈不動のセンター〉となった。
おばあちゃんに報告したら、喜んでくれた。
「よかったねえ。でも、もう木札は飲んじゃだめだよ」
「どうして?」
「木札は、そう簡単に手に入らないの。
偉いお坊さんに呪文を書いてもらわないといけないからねえ」
ワタシはちゃぶ台に手を置いて、声をあげた。
あれほどの声になる秘薬なんだ。
手放したくない。
「だったら、ワタシが書いてもらう!」
おばあちゃんは皺だらけの顔を曇らせた。
「無理だよ。その偉いお坊さん、もう、お亡くなりになったんだ」
「そう……」
ワタシはがっくりと肩を落とした。
◆4
野外コンサートが大成功のうちに終わってから、しばらくの間、ワタシは〈不動のセンター〉と言われた。
でも、そうした評判はすぐに風化してしまった。
アイドルは人気商売だ。
そして、うちのグループは、ダンスもそうだけど、特に歌がうまいと評価されていた。
おかげでメンバーみんな、歌が上達してる。
さらに新たなオーディションで、歌の上手な子がどんどんグループに加入してきた。
アイドルグループ同士の競争も激しい。
他のグループも台頭してきた。
人気が変化し続ける中、ワタシはしっかりした足場を築きたいーーそう思って、もがいていた。
結局、ワタシには歌しかなかった。
だから、コンサートやテレビで歌を歌う前には、おばあちゃんにことわらず、勝手に木札を持ち出し、煮汁にして飲んだ。
木札の力は偉大だ。
おかげで二年経っても、なんとかグループの人気が維持できた。
センターポジションも守ることができた。
人気投票では、後ろの
ワタシがセンターなのは、歌が上手だからだった。
そして、ワタシたちのアイドルグループは、とうとう武道館でコンサートを開催するにまで成長した。
その時の私は、まだ中学生。
十代前半にして、夢が
ワタシは意気込んで、武道館に
もちろん、木札の煮汁をゴクゴク飲み込んでから、ワタシはステージに立った。
センターでマイクを握り締め、大勢のファンを前に、元気に声を上げる。
コンサートの出だしでは、いつも以上に調子が良かったぐらいだった。
ところが、歌の途中、突然、声がガラガラになってしまった。
突然、ワタシの喉がワタシのものじゃなくなったみたいな、奇妙な感覚に襲われる。
喉の奥から、異物がこみ上げて来るような感触があった。
ワタシはゲホゲホと
すると、ワタシの口から、黒い
そして、その黒蛙は、サッと人混みに
わあああ!
最前列に陣取っていたファンが、悲鳴を上げた。
「なんだ、なんだ?」
「どうした?」
「見たかよ。センターの
ざわざわざわ……。
依然としてコンサートは続いていて、曲のメロディーは鳴り響いていた。
けれどもワタシは、センターの立ち位置のままうずくまって、動けなくなってしまった。声も出なくなっていた。
その日の午後早くから、その武道館コンサートでの動画がネットでアップされた。
本来、コンサートの撮影は禁止されているし、ネットにアップするのも違法である。
でも、ワタシの口から変なモノが出てきた動画は、瞬く間に拡散し、視聴回数を更新し続けた。
Xでも、ファンだけじゃなく、動画を見たただけの視聴者たちまでが、キモいと話題にした。
結果、ワタシについて、あることないこと、いろいろと噂されるようになってしまった。
事務所は対応が大変だったようだけど、ワタシ自身もそれどころじゃなかった。
なにしろ、声が出なくなったのだ。
三日ほど休んでから、電話で呼び出され、事務所に行ったら、センターから降りるよう言い渡された。
ネットで例の動画が拡散し、いろいろと噂になったので、グループのイメージが悪くなったと社長がキレてるらしい。
でも、ワタシはアイドルを
ダンスパートだけでも頑張ろうと思っていた。
だけど、マネージャーが難色を示した。
冷たい声で言われた。
「まずは声を治しなよ。待ってるから」
メンバーのみなも、うなずく。
ワタシを遠巻きにして、ヒソヒソとささやきあうばかりで、ワタシをねぎらうメンバーは誰もいなかった。
声の出ないワタシに、居場所はなかった。
お休みを取って、おばあちゃんの家へ行った。
ちゃぶ台の前に突っ伏し、へこむ。
そんなワタシに、おばあちゃんは追い打ちをかけた。
「もう木札はないよ」
ワタシは顔をあげた。
声は出ないけど、「あんなにあったのに」と口だけ動かす。
「おかしいねえ。盗んだ子には、バチが当たるだろうよ」
おばあちゃんは無表情なままにそう言うと、台所の方へと姿を消した。
以来、おばあちゃん家に行くことはなく、ワタシは家に引き
◆5
孫娘の声が出なくなってアイドルをやめても、おばあちゃんの日常生活は続いていた。
その日、おばあちゃんは地元商店街に買い物に出かけた。
そして、近所に住む、何人もの同年代のおばあさんに会う。
当然のごとく、井戸端会議が始まった。
ご近所さんは、ニコニコ
「お孫さん、お元気?」
「アイドルだったんでしょ。スゴイわねえ」
おばあさんは笑顔を崩さずに答える。
「ええ。でも、最近は
ご近所さんは、わざとらしく大声をあげる。
「病気かしらね。お可哀想に」
それからしばらくの間、アイドルになった珍しい孫娘の話に花が咲く。
だけど、すぐに話題が尽きたのか、それぞれの買い物のために、ご近所さんは散り散りになっていった。
一人残ったご近所さんが、おばあちゃんにお願いする。
「少し買い物に出たいんですけど、この子、見ていてくれませんか?」
「いいですよ。可愛いお孫さんだねえ」
「じゃあ、お願い」
ご近所さんは商店街を進み、鮮魚店の店主と何やら話し込み始めた。
おばあさんは、いつも通りニコニコ笑っている。
だから、子供も
子供に出遭うと、おばあちゃんは、いつも飴玉を渡してあやす。
預かった女の子に話しかけた。
「あら。あなた、可愛いわねえ。アイドルっていうの? なったらどうかしら。
おばあちゃん、応援するわ」
女の子はパッと明るい顔になった。
「ホント!? ワタシ、頑張る!」
おばあちゃんは皺だらけの顔に微笑みを浮かべる。
その肩に、いつの間にか、黒い蛙が飛び乗っていた。
(了)
噂になったアイドルの女の子 大濠泉 @hasu777
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