第4話 えいえん

......

 空気は澄んでいた。ひかりの粒が、まるで何も知らないふりをして、部屋のすみで浮かんでいる。

 少年は小さな至上者をそっと胸に抱いたまま、長く息を吐いた。

 その音が沈黙をわずかに揺らす。


「……いつか、必ず君を解放してあげるよ」


 その声は、小さな流れ星のように、するりと至上者の耳をすべった。


「なんで」


 ひとつ、少年の胸にすとんと落ちる。

 少年はうつむいて、しばらく沈黙した。


 ……風も、音もない。時計の針だけが、遠くのどこかでまわっている気がした。


「君をここに閉じこめておくわけにはいかないからね。君は、自由にならなければいけないんだ」

「やだ」


 至上者が、ほっぺをぷうとふくらませる。


「それでも、いつかは君が、ここを出ていかなければならないんだ」

「やだ!」


 さっきよりも強い声。

 至上者の瞳は少年を見すえていた。


「やだ、Dangといる」


 少年はことばを飲み込んだ。

 静かすぎる部屋に、感情が落ちて、沈んでいく音がした。


「……MISHA、それはできないんだ。」


「なんで」


 ふたりのあいだの空気が、やわらかくふるえた。

 少年は目を伏せて、そして小さく告げた。


「僕は人間で、君は……至上者だから。」


 至上者は少しだけまばたきしてから、ぽつんと言った。


「だめじゃないよ。兄さんも、姉さんも、生き物といたころ、ある」


 少年は目を閉じて、長く考える。

 そのあいだに、沈黙がすっぽりとふたりを包んだ。


「……そうだね。他の至上者も人間と接触していた例があるのは確かだ。でも、彼らは皆……」


 少年はそれ以上言わなかった。言えなかった。

 至上者は黙って、少年の腕にぴたりと身を預ける。


「僕は、君を永遠に束縛したくはないんだ。」


 少年の声は、霧の中で落ちる木の葉のようだった。


「できないよ」


 至上者がふんわりとつぶやく。


「Dangは、えいえんじゃない。えいえんなのは、ぼくらだけ」


 その言葉が少年の胸に触れたとき、

 空気のどこかで、ぴたりと時間が止まる音がした気がした。


「……MISHA……」


 震えた声をこぼすと、至上者は彼の顔を見て、そっと微笑んだ。


「かなしいね」


 そして少年の頭を撫でる。

 まるで小鳥の羽先で触れるように、そっと、なでる。


「よおし、よぉし」


 少年は声もなく、その手に包まれる。


「……だから、ずっとそくばく、できない」

「Dangのえいえんは、ぼくらのえいえんより、ちいさい」


 ことばのひとつひとつが、少年の心に、しずくのように落ちてゆく。

 ひとしずく、またひとしずく。


「……僕は君を永遠に束縛できない」


 至上者はこくりと頷いた。


「だから、きにしないで。Dangのいっしょう、見てるから」


 少年の目から涙がこぼれそうになる。

 こぼれたそれは、MISHAの小さな胸に吸い込まれていった。


「……だいじょうぶ。一緒にいさせて」


 少年はうなずく。否定できなかった。もう、なにも。


「……わかったよ、MISHA」


「よおしよおし。いいこね。いいこ」


 その声は少年をまるごとやさしくつつみこんで、泣いた。

 声もなく、ただ静かに、ただうれしくて、ただ苦しくて。


 それでも、心のどこかで知っていた。


 本当は──

 永遠を縛っているのは、自分ではなく、この小さな至上者のほうなのだと。


 けれどそれでも、気づかないふりをして、少年は抱かれた。

 その瞬間、彼の時間はひとつの腕の中に閉じ込められたのだった。


 外の空気が、かすかにゆれて、

 窓のむこうの光が、きらりと、

 ただ一度だけ、少年の頬をなぞっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

小さな思い出 H0C0L1 @H0C0L1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る