後編 GAME OVER

 そろそろ寝る時間かな、って思っていると、宿のおばさんがカンカンカンカン! と小さな鐘を叩きながらやってきて、宿泊客たちに出し抜けにこう告げた。

「チシャ神様へのにえの儀の時間ですだい。⋯⋯一列に並んでわだの後ろへ」

「待ってました!」

 と快哉を叫ぶ先輩。え? え? という私の混乱をよそに、他の宿泊客の皆さんもぞろぞろとおばさんの指示に従って移動していく。皆さん期待の表情を浮かべていた。


 灯籠を持ったおばさんに案内されたのは、この村の中では比較的大きな、蔵のような建物だった。

 列の先頭の方で、宿のおばさんと他に何人かの村の方が何かを説明しているけれど、最後尾近くの私たちにはよく聞こえなかった。

 前に並ぶ若いカップルは、

「楽しみ〜」

「どきどきするね」

 なんて楽しそうに話している。先輩もにこにこした顔で、期待に胸を膨らませている様子だった。

 一体、これから何が始まるの? にえとか言ってたけど?


 ⋯⋯で、何も始まらないまま30分以上が過ぎた。

 というか、前の方では何か起こっていて、行列がのろのろ進んでいくのを待っているだけの時間が流れていた。まるでテーマパークのアトラクションを待つ時間みたいだ。

 ようやく私たちの番が来た。

 若い男性の村人が言う。

「本日は大変混雑しとりますよって、お一組様30秒前後での交代をご協力お願いしますだい! 自撮りはパパっとでね!」

 押し込められるようにして、蔵(?)の中へ。


 何本もの蝋燭の灯りが揺らめく部屋の中に敷き詰められていたのは、あの鍋の中に入っていたのと同じ、黄緑色の葉っぱだった。それがもう、部屋中に異常な程の量、敷き詰められているのだった。

「こりゃすごい。幻想的だねえ」

 と先輩。私もくらくらしそうだ。何とも言えない奇妙な景色だった。 

「チシャ神様の懐の中、って感じだね。中央で仰向けになって自撮りするのが流行ってるんだって。僕たちもやってみよう」

 そう言って、高峰先輩はどこからか自撮り棒を取り出し、葉っぱの上に仰向けに寝転がると、私に目配せした。

 ——えっ、私も? 

 こんな意味不明なシチュエーションとはいえ、高峰先輩のすぐ隣で横になって、その上ツーショットだなんて⋯⋯!

 そうして、どきどきしながら写真を撮ったと思ったら、すぐに外からさっきの男性の声がする。

「次の方が入りますだい! ご退出お願いします!」

「まるでアイドルイベントのだね」

 と先輩は苦笑する。

 こ、これもオーバーツーリズムの弊害か⋯⋯!


 並んでいる間は気が付かなかったけれど、建物の外には先に並んでいた人たちが集まっていた。やがて、全員が出てくると、宿のおばさんの先導で元の道を歩いて戻り、宿に戻って消灯となった。

 ぐっすりと眠ることができて、翌朝は快晴。

 私たちは三痩村をあとにしたのだった。



 そんなわけで、謎めいた因習村から私たちは五体満足で無事に帰ってきてしまった。

 先輩は機嫌良さそうに事務所で記事の原稿を書いている。

「結局、チシャ神様って何だったんですか?」

 と私が訊くと、

「鍋に入っていたり、蔵の中に沢山敷き詰められていた黄緑の葉っぱがあったでしょ。あれがチシャ神様だよ。いやあ、日本的なアニミズムを感じるよね。僕があの蔵で、チシャ神様の懐の中、って言ったのを覚えてる? つまりさ、あの葉っぱはチシャ神様に供えるためのものじゃなく、んだよ」

 とよくわからない答えが先輩から帰ってきた。


「それって、どういう⋯⋯」

「『チシャ』っていうのはなんだよ。三痩村だけじゃなく、全国で通じるね。漢字ではこう書く」

 そう言って、先輩が見せてくれたスマホの画面には、「萵苣」という字が映っていた。 


 「えっ、はい? レタス⋯⋯? ⋯⋯あーっ! じゃあ、あの看板は!」

 私は思わず叫んでいた。この「萵苣」という字の、くさかんむりを塗り潰して、しめすへんてへんを書き足したら! あの畑の前の看板に書いてあった「禍  拒」っていう謎の不気味な文字ができてしまう!


「あの看板は、元々畑の作物を示していただけだったんだよ。村の人がちょっと頭を働かせて、おどろおどろしい感じの字に書き換えて雰囲気を演出してたってわけだね」

「そんなこと⋯⋯まさか、レタスが神様だなんて」

「あるいはそういう土着の信仰は本当に昔からあったのかもしれないけど。とにかく、三痩村の人たちは、あの村にあった唯一の産物を神様に見立てて、村興しの中核に据えた。それで実際、因習村モデルの観光ビジネスは大当たりした。見方によっては、チシャ神様は本当に顕現して村を救ったとも言えるんじゃないかな」


 何ともあっけない、チシャ神様の真相。

 でも、先輩が言う、チシャ神様が村を救ったっていう話は、ちょっとロマンティックで良いな。



 ⋯⋯なんて思っていると、先輩が急にお腹のあたりを押さえて苦しみ始めた。

「うっ⋯⋯うぐっ、ぅああああああああっ!」

「せ、先輩!」

 先輩はその場にうずくまって、大粒の汗を流していた。声にならない苦悶の叫びを上げながら。

「うううううう⋯⋯これはっ、ああああっ!」

「先輩! 先輩っ!」

 何が何だかわからない。どうなってるの!

 ま、まさか、チシャ神様の祟り⋯⋯?

「——き、救急車!」

 パニックになりながら、私は救急車を呼んだ。

 


 高峰先輩が倒れた理由。

 それは尿だった。

 レタスには、尿管結石を誘発するシュウ酸という物質が含まれているらしい。三痩村で大量のチシャ神様ことレタスを食べた先輩は、尿管結石を発症してしまったのだ。


 これが、「チシャ神様の祟り」の正体⋯⋯ってことなのだろうか。

 ⋯⋯思い返してみれば、チシャ神様は私の知っているレタスの味よりも。これはシュウ酸を多く含む野菜の特徴だという。チシャ神様は、もともと尿管結石を誘発しやすい品種のレタスだったんだ。


 きっと、三痩村の人たちもそのことを知っていた。そして危惧していたんだと思う。

 チシャ神様の祟りがあって困るのは、三痩村の人たちも同じだ。

 尿管結石になる、なんて評判が立ってしまっては、観光地としての人気はガタ落ちだろう。チシャ神様を中核にした因習村の観光ビジネスは根本から破綻してしまう。村としても、なるべく発症者は出したくなかったはず。

 だからこそ、最初に村に入ったばかりのときに、「」と言われたのだ——尿


 そしてこれこそが、三痩村にとって最大のだった。

 たとえばの話、1万人に1人がチシャ神様によって尿管結石を発症するとして、村に来るのが1万人だったら、発症者は1人か2人、出るか出ないかといったところ——これなら、三痩村と尿管結石が結びつくことはなく、本人の生活習慣の問題とかで片がつくだろう。

 でも、100万人が村に押し寄せたら?

 ——結果、100尿、ということになる。こうなると、三痩村と発症の因果関係が疑われて、メディアなんかにも取り上げられて悪評が立ってしまうのではないか。そしてそうなってしまえば、三痩村の因習村モデルの破綻までもう一直線だ。三痩村の人たちは、きっと何よりもこのことを恐れていたのだろう。


 ⋯⋯観光の目玉としてチシャ神様は顕現して、三痩村を救った。

 でも、オーバーツーリズムがチシャ神様の祟りさえも顕現させてしまった。それは今や、三痩村を危機に追い込もうとしている。

 何て、皮肉な話だろう。 


 当の高峰先輩はといえば、無事に退院して、今はすっかり元気だ。

「いやあ、すごい体験をしたよ。チシャ神様の祟りまでも味わえるなんて、ツイてたなあ! 因習村ファンにはたまらないよね。これで良い紹介記事が書けそうだよ!」

 なんて嬉しそうに息巻いている。マジか、この人。

「ちょっと先輩、心配したんですからね!」

 ⋯⋯何というか、人間って、怖い生き物だなあ、と思う私だった。(了)

 

 

 

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因習村オーバーツーリズム D野佐浦錠 @dinosaur_joe

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