因習村オーバーツーリズム

D野佐浦錠

前編 OVER TOURISM

 「すごい混んでますね!」

 車を降りて、まず口をついて出た言葉はそれだった。平らな土地の草を刈っただけ、みたいな素朴な造りの駐車場は車でぎっしりだ。それぞれの車のナンバープレートには、全国各地の地名が並んでいる。


 東京から3時間あまりのドライブを経て、私たちはこの村に辿り着いた。三痩村さんそうむらという名の、辺境の田舎村だ。私と高峰先輩は、話題沸騰中のこの村のことを記事にするべく、取材旅行に来たのだった。

「こんなに人気とはね。良い記事が書けそうだよ」

「こんな場所が今や大人気の観光スポットだなんて、わからないものですね」

 この三痩村は、異色の村興し戦略が大成功を収めた例として話題となっている。

 なんとこの村は、創作によく出てくるとして一躍有名になったのである。


 宿までの道を歩いていると、浅黒く日焼けした地元の人らしき中年男性に、すれ違い様に罵声を浴びせられた。

「よそ者は帰れ! ⋯⋯特に男は帰れ!」

 うわぁ〜⋯⋯と私がげんなりしていると、高峰先輩はむしろ満足気な様子で、

「うーん、良いねえ。因習村に来た! って感じがするよ」

「ええっ⋯⋯あんな失礼な、それにめっちゃ時代錯誤の男女差別発言じゃないですか」

「様式美というのは本質的に時代錯誤を伴うものだよ」

 なんて言って、鷹揚に笑うのだった。 


 古民家風の宿に荷物を預けて、私たちは村を散策することにした。

 第一印象は、典型的な過疎地の農村、というものだった。何かの野菜を育てている畑があって、それを囲うように古い造りの家屋が点在している。観光地っぽいお土産屋さんとかお洒落な飲食店なんてものは全然なくて、天気は良かったけどどこか陰鬱な雰囲気が漂っていた。

 先輩によると、

「何も無い村だからこそ、『因習村』を観光資源にしようという発想になるんだろうね。ある種の必然だよ、これは」

 ということらしい。


 そんな三痩村だけど、とにかく観光客が多くて、何というか、不釣り合いな光景を生んでいた。

 狭い農道みたいな場所では、お互いに譲り合ってすれ違わないといけなくて、こんな田舎なのに東京の都心部みたいな窮屈さを感じたりもした。

 いわゆる、オーバーツーリズム——三痩村は大人気になりすぎて、村のキャパシティを超えた観光客が来るようになってしまって問題になっているらしい。

 村の中をよく観察してみると、明らかに最近来た観光客が捨てたのだろうと思われるペットボトルのゴミなんかが落ちていたりもした。オーバーツーリズムの弊害。うーん。何とも言えない気分になる。


 それでも、スマホで草花の写真を撮ったり自撮りしたりしている観光客の皆さんは結構楽しそうだった。外国人のグループもいて、彼らはぱんぱんになったリュックを背負って談笑しながら村の中を歩いていた。外国の人でも、「因習村」の文脈を楽しめるんだろうか? 取材してみたかったけれど、英語に自信がなくて諦めてしまう私だった。


 地元の方らしき人が、そんな観光客を呪詛めいた表情で睨めつけるのを何度か見た。「チシャ神様の祟りが⋯⋯」などと呟くのも聞こえた。意味不明で不気味だ。

 これも「因習村」としてのもてなし方なのだろうか。それとも、本心から?


 宿への帰り道、畑の前に奇妙な看板を見つけた。大きな手書き文字で、


「禍   拒  」


 と書いてあるように見えた。

 「禍」という字の「しめすへん」と、「拒」という字の「てへん」が真っ赤になっていて、まるでその部分だけ後から上塗りされたみたいだった。文字の上の方は、何やら白く無造作に塗り潰されている。

「⋯⋯何か、気持ち悪い⋯⋯何ですか、これ?」

「ふむふむ、なるほどねえ。よく考えたもんだな」

 と先輩はなぜか感心した様子だった。

「雰囲気造りに一役買ってるね。大丈夫、危険なものじゃないよ。それじゃあ、宿に帰ろうか」


 何となく釈然としないものをおぼえつつ、私たちは宿へと帰ってきた。宿といっても、ただの民家を転用しているだけって感じだ。

 そんな宿に大勢の観光客が泊まりに来ているから、一部屋が簡易な衝立で区切りに区切られて、とんでもなく狭いスペースで過ごさなければならなかった。これには流石に参った。

「因習村に立派なホテルや旅館を建てちゃうとムードが台無しだからね。これは仕方ないよ」

 と高峰先輩は言う。

 むしろ、雰囲気が不便さを正当化できる構造になっているという点で「因習村モデル」は優れている、とか何とか。

 それにしても⋯⋯。スペースの狭さで先輩との距離が自然に近付くけれど、これは流石にロマンスの気配より窮屈さが勝ってしまう。


 そうこうしているうちに、夕食が運ばれてきた。宿を切り盛りする精悍な感じのおばさんが、厳かに告げる。

「ごゆっくり、お召し上がりくだされ。チシャ神様の煮え鍋ですだい」

 鍋の中には、一面に黄緑色の葉物野菜——キャベツ、いやレタス? のような——が敷き詰められていて、中心部には鶏肉らしきお肉が入っていた。鶏肉⋯⋯で良いんだよね、なんて不穏なことをつい考えてしまう。

「良いね、良いねえ!」

 と先輩は上機嫌ですぐにその鍋料理を食べ始める。

「『煮え』は生贄の『にえ』とかかっているんだろうね。『ですだい』って方言にも『Death』と『Die』が入っていて不気味さ満点⋯⋯っていうのは穿ちすぎかな」

「⋯⋯⋯⋯」

 それが因習村の楽しみ方なのか? マジで? ていうかチシャ神様って何? と思いつつ私も料理に口をつける。レタスっぽい野菜はアクが強めでちょっと個性的な味だったけど、普通に美味しかった。お肉も柔らかくて質の良い鶏肉だった。鍋にしては他の具材が入っていないのが少し残念だったけど、まあシンプルな組み合わせも悪くない、という感じ。

 狭苦しいのは難だけれど、一風変わった旅行としてはこういうのもありなのかな? と私は思い始めていた。

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