第31話 Day.31 ノスタルジア
「ただいま帰りました」
「お帰り。無事に見送った?」
「はい」
京都駅で買ったお菓子を渡すと、はくどーさんは「お茶にしまひょ」と嬉しそうに笑った。
東京に帰る匡を見送るために、京都駅まで行ったのだ。
見送りなんていらないと言われたが、俺が行きたかったから、強引についていった。
お茶を淹れながら、はくどーさんが尋ねる。
「話はできた?」
「はい……うーん、どうだろ」
お互い、話したいことは、たくさんあった筈なのに。
結局、大事なことは、何も話せないままだったような気もする。
別れ際もそうだった。
「気をつけて帰れよ」
「うん。……元気でな」
「ああ」
互いに言い出せなくて、無駄に無言になって。……
「……たまには、連絡寄越せ」
「え?」
「生存確認だ。一言でも……折り鶴でもいいから」
「……うん。匡」
「うん?」
「……元気で。その、よろしく頼む。……俺が、言える立場じゃないけど」
匡は、真っ直ぐに俺を見つめ、そうして頷いた。
「まったくだ。じゃあな」
手を振り、改札をくぐった匡の背中を、見えなくなるまで見送った。
言いたいことは、言えなかったけど。
それでも思いは、伝わったような気がする。
気のせい、かもしれないけど。
そう言うと、湯呑みを置きながら、はくどーさんは微笑んだ。
「きっと、伝わってますえ」
「だと良いな」
幼い頃から、ずっと一緒だった。
共に努力し、戦ってきた。
だが。
俺と匡は、もう違う道を歩んでいるのだ。
脳裏をよぎる、懐かしい思い出。
ずっと一緒にいた匡。
弟、幼馴染み、そして彼。
もう俺とは、違う道を歩いている人達。
彼らとの思い出は、キラキラと輝いていて、だからこそ、そこから逃げ出してしまった俺には、もう居場所なんて思っていた。
美しい、愛おしい郷愁、ノスタルジアな想いを抱えて、それを捨てた自分が情けないばかりで。
けれど。
白洞寺に来て一年。
新たな場所で、新しい人達に出会って、知らない世界を知って。
別の場所でも、世界は輝いていると知った。
輝く場所に、いていいと判った。
新たな場所で、新たな思い出を作れば良いのだ。
作って良いのだ。
だって俺は、自由なんだから。
好きな方へ、歩いていけるんだ。
だから。
だったら。
「はくどーさん」
「んー?」
「俺……大学に行こうと思います」
行けるかどうか、判らないけど。
できれば、東さんのいる大学にいって、劇団YAKUMOに入りたい。
役者をやりたいのか、裏方をやりたいのか、それはよく判らないけど。
でも演劇の世界に、飛び込んでみたいと思ったのだ。
今、俺がやりたいこと。
それだけは、確かだ。
「ええ思いますえ。おきばりやすね」
「はい」
「じゃあ、これはお守りや」
はくどーさんは、小さなお守り袋をくれた。
中を見ると、緑色の勾玉が入っている。
「これは?」
「《身隠しの勾玉》だそうどす。あんたの身を、《妖》から隠してくれるやら。小物程度やったら、見えのうしてくれるとか」
「え、これ、どうしたんですか?」
お茶を一口すすると、つまらなそうに答える。
「匡君、届けてくれたんどす。あの男から預かったやら。不要になったら、返して欲しいて」
ではあの人が、匡にとどけるように言ったのは、これの事だったのか。
今はまだ、自力ではどうにもならないけど。
いつかこの勾玉がなくても、自分の身を守れるようになりたい。
その日までは、大切に預からせてもらおう。
俺は、勾玉をぎゅっと握りしめた。
新たな一歩を踏み出す、勇気を貰うために。
白洞寺つれづれ語り 白河 京夏 @akikyoka
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