第30話 Day.30 花束
祭さんが、何処かの量販店で大量の花火を買ってきた。
ついでに文太も拾ってきたらしく、幼稚園児は「花火?花火やるの?!」と、ずっと落ち着きがない。
食事の後片付けをすませていた僕らは、広縁から庭へと降りた。
人懐こい文太は、匡を紹介すると「こんばんわ」と挨拶をしてから、やたら纏わりついている。
匡も、小さい子に優しいから、穏やかに相手をしていた。
「あたし、これー!」
真っ先に恋さんが一本選ぶと、早速火をつける。
いわゆる定番の手持ち花火、すすき花火が勢いよく火花を散らす。
「ボク、これにする!」
「じゃ、俺はこれ」
「こっちはどんなのだろ?」
「祭、据え置きは後でやろう」
「そうだね。ネズミ花火もあるよ、錆さん」
「バケツ、ここに置きますえ」
好き勝手に、銘々が気になった花火を手にして、あちこちでカラフルな火花が散った。
俺がつけたのは、スパークのような火花がでるタイプだった。派手な線香花火みたいで、好きなヤツだ。
匡のは、色が変わる花火らしく、赤や緑に変化していく。
二本手にした恋さんが、キャー!と叫びながらくるくる回り、花火がキレイな軌跡を描く。
「ちょっと!恋!危ない!」
「大丈夫だよぉ、アハハハハ」
「文太が真似したらどうすんの?!」
「やらないよ。あぶないもん」
「文太の方が大人だな」
七尾姉弟が騒いでいるのを、はくどーさんはニコニコと眺めていた。
「はくどーさんは、どれがいいですか?」
「んー、線香花火」
「え?最初から?」
「これが一番、好きなんどす」
「へー」
俺も好きですと言いながら、手渡そうとした、その時。
メリメリッと空気が破れるような音。
皆がハッと顔をあげ、緊張が走った。
空気が振動している。
なんだこれ?!何か……何かが、近づいて、来る……。
「錆!子供達を後ろへ!」
はくどーさんが叫び、錆さんが文太を抱えて、広縁へと上がる。
「京義君と匡君もやわぁ!あんたたちも子供!」
「え、でも!」
有無を言わさずに、はくどーさんは俺と匡を広縁へと追いやる。
錆さんが文太を俺に預けると「下がってろ」と、前に立った。文太も判るのだろう。ガタガタ震えながら、俺の背中に回るとぎゅっとしがみつく。
七尾姉弟は、すでに戦闘態勢に入ったように、闇を睨んでいた。
石庭の向こう側、本来は塀がある辺りが、漆黒の闇に塗り潰され、何も見えない。
ビリビリと空気が揺れ、何かが、近づいてくる。
ポツリ、ポツリと、白い小さな光が浮かぶ。
それを手にしたナニかが、闇の中から、うっそりと浮かび上がった。
ユラユラと揺れるそれは、やがて人の形を取り始める。人だけど、人ではない。適当に描いた人間のように、どこか歪な姿形。
その手に何かを持っている。
白い光の玉のついた……あれは、花束?
ソレが持っていたのは、枯れた鬼灯の束だった。
鬼灯の実の中に、白い光の玉が入っている。それがまるで花束のように見えるのだ。
『……ヤ、ヤ、ヤット、ミツケ、タ』
暗闇が裂けるように、赤い口が開く。
ギイギイと、下手なバイオリンが悲鳴をあげるような、不快な声。いや、声音を真似ているのか。
『オイ、デ。コレ、アゲル』
ソレは、真っ直ぐに俺を見ていた。
目があるわけではないが、俺を見据えているのが判る。
「京義、あれは」
隣に立つ匡は、険しい顔をしていた。
「……たぶん、俺を狙っているんだ」
先日劇場で目をつけられた。
あれ以来、寺でおとなしくしていたのだけど、ヤツラは、どんな手を使ったのか、ここにいることに気がついたらしい。
京の都に巣食う、有象無象の《
一つ一つは、弱いし、無視していれば問題ない。
だがそれらが集まって、巨大な塊となれば、話は別だ。結界を壊し、侵入できるほどの力を持つなんて。
『ホシ、イ、ホシイ、オ、マエ、ウ、マソ、ウ』
ゾクリと、背筋に寒気が走った。
己に向けられた執着。
俺を食いたいのか。
なぜ俺がヤツラに狙われるのか。
霊力の高い人間を、ヤツラは好んで食らう。
けど俺はそこまで霊力が強い訳ではない。一族の中でも、上の下か中の上かと言うところだ。
なのにどうして、ヤツラは集まってくるのか。
俺はヤツラにとっては、抗えないほど魅力的な気、ヤツラにのみ有効なフェロモンのようなものを放っているのだそうだ。
一族の中でも特殊な体質で、滅多にいないと言われた。あの人によれば、大昔にもいたそうだが、その人は囮となって、ヤツラに食われたと聞いた。
俺がいるだけで、ヤツラが来てしまう。
白洞寺まで侵入してくるなんて。皆を巻き込んでしまうなんて。
ズズッズズッと、近づいてくる。
俺が逃げれば、ヤツは追って来る。
そうしたら、皆に迷惑はかからない……。
走れ!
そう思った。
「京義君、動いたらあかんで」
はくどーさんの声がした。
俺の考えを読んだかのような言葉。
はくどーさんは、肩越しにこちらを見ると、ニッと笑った。
「すぐ終わるから、ちょっと待っといてな」
「そうだよ!大人しくしてて!」
「変なこと、考えるんじゃないよ」
恋さんと祭さんが叫んだ。
二人は同時に走り出す。その姿が白い狐に変わり、左右から《妖》に飛びかかる。
引き裂かれたヤツは、咆哮をあげながら、腕らしきものを振り回した。
手にしていた鬼灯が砕けて、白い光が飛び散っていく。
その視線がこちらをとらえ、咆哮が衝撃となって襲ってくる。
「あかんでぇ」
はくどーさんはそう言うと、ぱん!と手を打ち鳴らした。その波動が衝撃を打ち消してしまう。
はくどーさんが纏う空気が変わっていく。
何処かから、甘い香りが漂い、はくどーさんは白金のような光を放っていた。
それは霊力というよりは、もっと上のもの。
神気とも言うべき、神々しいものだった。
異変に気がついたのか、《妖》は嫌々と言うように身を捻り、呻き声をあげている。
「あの子は渡しぃひん」
はくどーさんは、懐から巻物を取り出すと、それを投げつけた。
くるくると広がった巻物は、光を放ちながら《妖》へと巻きついていく。
「あの子を食べても、何にもなれへん」
はくどーさんは、左手に巻物の端を持ち、右手で片合掌をする。
「不生不滅、不垢不浄、不増不減」
巻物は光輝きながら、《妖》を絡めとる。
『オオオオオオオオオオオオッッ』
嫌がり、暴れまわるが、光の帯となった巻物はいっそう締めつけ、一際強い光を放った。
夜空を照らすほどの光は、やがて弱まり、ヒラヒラと元の巻物が宙を舞う。
《妖》の姿はどこにもない。
何処へ行ったのだろう?
くるくると巻物を戻すと、はくどーさんはニコリと笑った。それはいつもの、俺がよく知る笑顔で、なんとなくほっとする。
「もう大丈夫やで」
そう言いながら、はくどーさんは巻物を見せた。
巻物は、子供が書きなぐったイタズラ書きのような不思議な図柄で埋め尽くされていた。
「これって」
「さっきのヤツやで。あれは人の感情や、八百万の霊の切れ端の成れの果て、その集合体や。それをここに封じて、元の『
丁寧に巻き直すと、はくどーさんはそれを懐にしまった。
「あ、あの、はくどーさんは……はくどーさんって……」
「彼方は、何者ですか」
俺が言えなかった言葉が、隣から聞こえた。
横を見ると、匡が険しい顔ではくどーさんを睨んでいる。
「貴方に京義を任せて……信じて、いいんですか」
きつく睨む匡に対し、はくどーさんは穏やかな顔で見返していたが、やがてにこりと微笑んだ。
「もちろんや。ここは僕のテリトリーやから、安心して京義君を任せておくれ」
その時俺は気づいた。
祭さん、恋さんが、御神使だと気がつかなかった理由。
はくどーさんは、よく判らないが、恐らく何かしらの『神』、神性を持つ存在だ。
だからこの白洞寺は、はくどーさんのテリトリーであり、結界となっている。
はくどーさんの神気が強いが故に、アイツらは入ってこれない。
そして強いが故に、恋さん祭さんの『気配』も、紛れてしまって、気がつかなかった……。
と言うことなんじゃないだろうか?
はくどーさんが何者なのかは、よく判らないけど。
匡は、じっとはくどーさんをみつめていたが、やがて納得したと言うように頷いた。
「判りました。信じます。京義を、よろしくお願いします」
「任せといてや」
「……なんでお前が、俺の保護者みたいになってんだよ」
「似たようなもんだろ。散々人に心配かけておいて」
それを言われると、何も言い返せない。
俺はきっと、この先一生、匡に頭が上がらないだろう。
「さ、花火の続きをやりましょか」
「やるやるー!」
「錆さん、吹き上げタイプを設置するから、手伝って」
「ああ、判った」
大人達が動きだし、俺は匡の肩を叩いた。
「線香花火、やろうぜ」
「……ああ」
「ボクもやるー!今日、お泊まりするから、一緒におふろもはいろうね!」
ぴょこぴょこ跳ねる文太の頭をなで、匡はにこりと微笑んだ。
「良いところだな」
「……うん」
本当に、良いところ、良い人達に恵まれた。
人かどうかは、微妙だけど。
幸せ者だと、心の底から、俺は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます