第9話 白いかわい子ちゃんとベッド争奪戦

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大猫神様のところに行く前、午後になると人間の子どもたちが集まる賑やかな公園で暮らしていた。


子どもに追いかけられたり、酔っ払いに石を投げられたり、快適ではなかったが、近くにコンビニがあったおかげで、

運がいい日には食べ物にありつけた。

"自称”猫好きの人間たちが気まぐれに食べ残しを投げて寄越したりしたからだ。


ただ、アイツらが投げていくのはやたらベタベタするしょっぱいカリカリだったり(中の肉を寄越せよ。)、赤ん坊が飽きて落とした涎だらけの煎餅だったり、(「猫ちゃんにあげるの?」とかいってる親は馬鹿なのか?)

食べられないものも多かった。


そういう奴らは、俺が雨や他猫との縄張り争いの傷で汚れていたりすると、態度がガラリと変わった。


「ゆうちゃん、ばっちいから触っちゃダメよ。」

(涎だらけの手で触るなよ。)


「きったねぇな、あっちいけよ。」

(お前らこそあっちいけよ。)


「子どもたちにばい菌がうつったら困るわ。」

(なんだ、このババア、やけに甘ったるい臭いがしる。臭い。)


……。

だから俺は人間が嫌いだ。


でも一人だけ、”本当に良いやつだったかもしれない人間”がいた。


初めて出会った時、その人間は、痩せてるのにお腹が大きくて、俺が住んでいる公園のベンチで大きな腹に向かって声をかけていた。


「もう少しで会えるね。」

とか、

「男の子かな、女の子かな?」

とか。


自分の腹に話しかけるなんて、やばいやつかもしれない。

警戒して滑り台の陰から見つめる俺に気がついたその人間は、


「おいで」


と手招きしてきた。


わざわざ俺を呼ぶってことは、食べ物でも持っているのか?

用事があるならそっちが来いよ、と思わなくもなかったが、久しぶりにまともな食事にありつけるかもしれないと近づいた。


すると、


「白くて可愛いわね。」


と呟いた人間に抱き上げられてしまった。


薄汚れた野良暮らしの猫を触りたがる人間なんてそうそう居ないし、ましてや抱き上げられるなんて一ミリも考えていなかった俺は油断していた。

我に返った俺が威嚇すると、


「あらあら、お腹が空いているの?

今日は猫ちゃんにあげられるものが何もないの……。」


と呟く。


だったら人間にようはない。

体を捩らせて脱出し、距離を取ろうとする俺の背中に


「今度はご飯を持ってくるからね。」


と声が聞こえた。


どうせ”今度”なんかこない。

そう思っていたのに。


その人間は本当に現れた。


「白いかわい子ちゃん、出ておいで。」


俺は”白いかわい子ちゃん”なんてダサい名前ではなかったが、真っ直ぐに俺が隠れている草むらを見つめて声をかけられ、不本意ながら反応してしまった。

ゆっくりと近づいていくと、透明な箱の中から”茹でたささみ”という食べ物を差し出してくる。


”茹でたささみ”は今まで投げられたどんな食べ物よりも美味しかった。


それからその人間は度々俺に会いにきて、美味しい食べ物をくれ、いろんなことを話して聞かせた。

もうすぐ子供が産まれること、今は”里帰り”中であること。


人間の生活に興味はなかったが、もし、コイツが俺を連れて帰りたがったら、ついていっても良いかな、なんて考えたりした。

まぁ、そんな日は来なかったんだけど。


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シロがこっちに送られてくる前、大猫神から冥土猫便が届いた。


『ちょっと心配だから、君がサポートしてくれるかい?』


そう書かれた手紙を読んで、良い予感はしなかったけれど、おかげでヒトミちゃんと暮らせるようになったんだから、大猫神には感謝しなくちゃね。


恐らく、シロも過去にヒトミちゃんと何らかの関係があるはずだ。

だから大猫神はシロをヒトミちゃんと接触できる場所に落としたんだ。


当のクロはまだピンときていないみたいだけど。


ボクとしてはシロがさっさと猫神仕えに戻ってくれれば、ヒトミちゃんとの時間を独り占めできるし嬉しいんだけど、アイツ、嘘だろ?って思うほど家猫に向いてないんだよね。


ヒトミちゃんには優しくソフトにタッチすることって教えても、5回中2回は軽めの猫パンチになるし、外と違って、大切なものが壊れないように動きには繊細さが必要だって教えてるのに、もう3回ミニサボテンを倒している。


あのサボテン、もう花は咲かないと思う。

まぁ、来世に期待かな。


そんなシロが珍しく難しい顔で黙り込んでいる。

アイツが落ち込んでようがボクには関係ないんだけど、ヒトミちゃんが心配するかもしれないと思うと放って置けない。


まったく。

大猫神のヤツ、とんだ厄介ごとを押し付けてきたもんだ。


そろそろヒトミちゃんがお風呂から出てくる時間だ。

今日こそはベッドのベストポジションは譲れない。


早めにスタンバイしようとベッドに飛び乗ると、そこにはクロが陣取っていた。


「ねぇ、そこ、ボクの場所なんだけど?」


「早いもの勝ちだろ?

アイツもダメだって言わないし。」


勝ち誇ったようなシロの顔に思い切り猫パンチをかましてやった。


ボク、もっと平和主義だったはずなのに。

……ヒトミちゃん、ボクは悪くないよね?

うん、悪いのは全部シロだよね?


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髪を乾かしてリビングに戻ると、ベッドの上でクロとシロが寄り添っている。

いつの間に仲良くなったんだろう?

寄り添う二匹を見て微笑ましい気持ちになる。


でもその位置だと、私が寝れないんだよな……。


少し考えて、


「シロ、ごめんね。」


とシロを抱き上げ、左側に移動させる。


枕元の右側にクロ、左側にシロ。

少し前までは考えられないような平和な夜だ。


シロを移動させた時、少しだけクロの口元が笑ったような気がしたけれど、多分気のせいだろう。


明日から久しぶりの3連休。

二匹を連れて懐かしい場所へ行く計画を立てている。


いつも狭い部屋で窮屈な思いをしているこの子たちも、あそこならのびのび過ごせるはずだ。


二人のかけ引くなんて知らない私は、最近距離が縮まったクロシロが仲良く駆け回る姿を想像して幸せな眠りについた。

……本当のことはクロだけが知っている。

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猫神様 はな @hana0703_hachimitsu

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