第8話 家猫修行、始まる。
ーーー
シロがおかしい。
少しおかしな子だとは思っていたけれど、最近は本当におかしい。
前までは私が帰宅してもリビングから小さく鳴き声がするくらいで、クロだけがお出迎えしてくれていた。
それなのに、今日はシロも一緒に玄関までお出迎え来て、挙句、”脚スリ”までサービスしてくれたのだ。
寝る時も、クロはベッドで私の隣に丸くなって眠る。
シロはカーペットの上のお魚型クッションが定位置だった、のに。
今朝起きると、足元に白い塊が見えた。
メガネをかけてよく見ると、なんと、あのシロが私のベッドの上で眠っていたのだ。
ありえないことが起こりすぎて体調不良を疑った。
「シロ、どこが痛いの?」
「ほら、抱っこさせてごらん?」
しつこく付き纏った結果、腕に軽い猫パンチを受け、その後の塩対応はまさにシロの通常営業だった。
少し嬉しいし、ちょっと寂しい。
当の本猫は、猫パンチの瞬間、自分でもビックリしたような顔をしていたけれど、こんなソフトタッチ、先週までのシロには考えられない”配慮”だ。
アニメやゲームの”ツンデレ”キャラにハマる気持ちがわかり始めた気がする。
小田仁美、三十路にして新しい扉を開いたかも知れない……。
シロクロの朝ごはんを準備しながら鼻歌が漏れる。
背後で可愛い猫たちがシビアな心理戦を繰り広げていることなんて、私は知らない。
ーーー
ふ〜ん、アイツも”家猫”としてのあり方が少し分かってきたんじゃ無いかな。
ボクに言わせれば、まだまだ足りないけど。
あと、ヒトミちゃんのベッドに上がるのはまだ早いと思うんだけどな。
そこはちゃんと分からせておかないとね。
シロは3猫たちが帰ったあと、しばらく考え込んでいた。
ずっと飾り棚から降りてこないアイツをヒトミちゃんが心配していて、いい加減にしろよ、と言いかけたタイミングで降りてきた。
「……くれよ。」
「?
なんだい?もっと大きな声でいいなよ。」
「っ……。
家猫の在り方をおしえてくれっ!」
まさか、こんなにどストレートに言ってくるなんて、流石のボクもびっくりした。
だけど、嫌な気はしない。
だから、色々と教育することにした。
お迎えの仕方、とか、正しい撫でられ方、とか、ね。
そしたら、アイツ、必要以上にヒトミちゃんに撫でられにいくようになった挙句、ベッドにまで上がり始めた。
そこまでは教えてないし、許してない。
ヒトミちゃんが少し嬉しそうなのも解せない。
嫉妬?
まさか、ボクがシロに嫉妬なんかする筈ないじゃないか。
ただ、ヒトミちゃんの1番の愛猫の座は何があっても譲れない。
今日も帰ってきて真っ先に撫でてもらえたのは、このボクだ。
まぁ、当たり前なんだけどね。
優越感から横目でシロをみると、真剣な顔でブツブツと何かを呟いている。
ヒトミちゃんが怖がるだろ?
やめろよ。
ーーー
査定結果 ✖︎
このままでは、大猫神様に仕える資格を失うかもしれない。
目を閉じるとあの紙切れが頭に浮かんでくる。
俺は間違っていない。
そう思っていた。
だけど、何か間違っているのかも知れない。
確かにクロは野良生活の時も、この人間の家に来てからも可愛がられている。
色が違うだけで俺だって猫なのに。
何としてでも大猫神様のところに帰りたい。
でも、今のままじゃダメなんだ。
クロに頭を下げるなんて、死んでも嫌だ。
ー嫌だけど、俺だけじゃ人間に好かれる方法なんて分からないし、このままじゃ次の査定も……。
それだけは避けなきゃいけない。
だから意を決してクロに声をかけた。
そこから、人間が帰ってきた時のお出迎えだの、喉の鳴らし方だの、気高い猫としてのプライドはないのか?
と嘆きたくなるような”指導”を受け、今日に至る。
俺は人間が嫌いだ。
猫神仕えになる前、2回の猫生は散々なものだった。
どちらでも野良生活をしていた俺は、よく子供に追いかけられたし、お腹が空いて魚屋に近づいては石を投げられた。
俺にとって人間との記憶なんて、痛みと恐怖でしかない。
人間なんて大嫌いだ。
でも。
一人だけ、
『もしかしたらいいやつかも知れない』
と思えた人間がいた。
もし、その人間が一言、
「うちにくる?」
と聞いてくれたら、俺は猫神仕えになっていなかったかも知れない。
まぁ、そんなことは起こらなかったんだけど。
だけど、時々思い出す。
あの人の匂いと、もしかしたらあったかも知れない生活を。
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